2024.04.03

高橋尚子さんから学ぶ、
自分らしく、心地よく生きるということ

初回のゲストは、シドニーオリンピック金メダリストでもある元マラソンランナー、そして現在はスポーツキャスターなどでご活躍の高橋尚子さん。まずはここ、リソルの森との出合いについて教えていただきました。

高橋尚子さん

1972年5月6日生まれ。岐阜県岐阜市出身。シドニーオリンピック・女子マラソンにて金メダルを獲得し、女子スポーツ界初の国民栄省賞を受賞。現在は、公益財団法人日本陵上競技連盟評議員などを務め、日本スポーツ界の発展向上を目指す。また、スポーツキャスターや環境活動推進など活躍の場は多岐に渡る。

実業団の陸上選手となることが決まり、大学のあった大阪から千葉へ拠点を移したのが1995年のこと。その頃、高橋さんには短期合宿の場としてリソルの森をご利用いただきましたね。

「そうですね、ただ私にとってリソルの森がかけがえのない存在として刻み込まれたのは、1997年のできごとです。当時の実業団を小出監督に付いて退社することになったのですが、次の所属先が決まっていなかったので私は宙ぶらりんの状態。そんな私を、3〜4カ月という長い期間受け入れてくださった場所がリソルの森でした。行き場を失っていた私自身だけでなく、同じ状況の3~6名ほどとともにお世話になりました。住居として使わせていただいたコテージは、大きなリビングを囲むように部屋が4つあるつくり。プライベートを確保しながらもみんなで集まって話したり、打ち合わせをしたりができたのでとても快適でした。

そんな状況だったのにこの年は、世界陸上の5,000m種目で代表になれたんです。選考中はまさにここに住み、トレーニングをしていた期間。不安が残るなかでも目標を見失わず、練習に没頭できる環境においていただけたことが、私にとってはとても大きな宝物ともいえる経験になりました」

リソルの森に住む、という貴重な体験をされた高橋さん。当時はどのような過ごし方をされていたのでしょう。

「目が覚めたらすぐ、練習は朝食前から始まります。20km程度走るのが日課だったので、その頃は1周900m近くあった周回コースを20周くらいしていましたね。その日課を終えたら朝食を終え、昼間は部屋で休んだり、マッサージ受けたり。滞在中は冬だったので、14時頃から午後の練習です。トラックを使ったり、昭和の森のほうへ行ったりしながら20〜30kmのランニング。そして練習が終わったら大浴場で汗を流して夕食へ。ほとんど毎日がこの繰り返しでした(笑)が、夜、部屋に戻ってからみんなでおしゃべりする時間も含めてとても楽しい時間でした。

ベルリンマラソンで世界記録(当時)を打ち出した2001年の高橋さん。
リソルの森メディカルトレーニングセンター(写真上)ラク・レマンプール(写真下)にて。

とはいえ精神面では、“この道を選んだことが正しかったんだ”ということを証明するために、“しっかり結果に結びつけなくては”という思いが強かったと思います。意気込みとプレッシャーとが混ざり合うような……。でも、そんな気持ちを後押ししてもらえる環境だったからこそ、目指す結果を得ることができました」

マラソンランナーとして活躍されている頃、ご自身の状況に悩んだり、逃げ出したりしたくなることはなかったのでしょうか。

「皆さんもご存知、あの小出監督のメニューってそれはそれは厳しくて(笑)。きっと質も、量も、世界で一番ハードだったと思います。でも、私は所属する実業団の顔として走ることが仕事。結果を出すという自分の役割を果たさなくてはいけないので、“どんなにハードで苦しくても、やり遂げよう”という強い思いはありました。

苦しい練習にまみれるなかでもシドニーオリンピックで“楽しい42kmでした”と言えた理由は、きっと私の練習の終え方にありますね。“ここからは私の時間に付き合ってください!”と、逃げる監督を捕まえてはこの周辺を一緒に『探検ラン』!これは、いろいろな道を探したり、草花を見たり、季節を感じたりして楽しく走ること。私、きっとリソルの森のスタッフの方々よりも周辺の道がどう繋がっているかとか、地面の状態なんかに詳しいと思いますよ(笑)。『探検ラン』をすることで、毎日の記憶を“苦しかった”ではなく“楽しかった!”で締めくくるんです。毎日毎日、走ることを始めた頃の楽しい気持ちに原点回帰をしていたから、マラソンをずっと好きでいられるんだろうな、と感じています」

メダリストとして注目されるなか、日本中の大きな期待と対峙されてきた高橋さん。プレッシャーとの向き合い方にもご自身なりのお考えがあったようですね。

「あまり気にしないようにしていた部分もありますね。でも、タイ・バンコクで開催されたアジア大会の出場を決めた際にさまざまな報道・意見の渦中に身を置いたとき、どこか吹っ切れたんです。ネガティブな意見が耳に入れば、やっぱり気になるし、不安になる。でも未来のことを気に病んだって、答えはそのときにしか分かりません。だったら不安に思う5〜10分で腹筋50回やったほうが力になるな、と。頭で考えるより、今やれることを実際にやることのほうが大事、と気持ちを切り替えることに。

私はこれを自分で『ポジティブ変換』と命名しました(笑)。正面からだと断崖絶壁の山も、反対からだとなだらかに見えることもありますよね。自分ができることを毎日最大限しておけば、万が一結果が望み通りじゃなかったとしても後悔はありません。“自分以上に努力した人がいたんだ”と、相手を素直に称えられますしね。

現役を引退してから始めた新しい仕事でも、このマインドはずっと生きているんです。たとえばスポーツキャスターの仕事なら、選手1人につき細かい情報まで調べに調べ、取材前には資料が“これは本じゃないか!”ってくらい膨大になることも(笑)。でも結局、現場では10%も出す機会はありません。じゃあそれが無駄かといえば、そうではないんです。マラソンへの取り組み方同様“全力でやれれば、悔いがない”と思うから、そうなってしまうのです。このやり方が私らしい成長の仕方であるし、きっとこのやり方しかできないのかも、とも思います」

現役の頃、すでにご自身で自然と毎日のリセット法やプレッシャーの対処法を見つけられていますが、引退後、年齢を重ねるにつれてボディコントロールのために心がけていることはありますか?

「やっぱり、私の土台は走ることですね。でも走ることだけに必死になっても体をうまくコントロールはできません。大切なのは“運動”と“食事”、そして“睡眠”。これらを“ウェルネスの三大要素”と考えていて、バランス良く保たれることが重要なんです。そのなかで今、私がもっとも大切にしているのが睡眠。現役時代に一番おろそかにしていたことです。若くて元気だと“寝るのがもったいない!”と思ってしまいますよね(笑)。夜中はこっそり読書……、なんてこともよくありました。でも今は年齢も重ねましたし、何より体だけでなく頭の回転が必要な仕事が多いので眠ることの大切さを痛感しています。

今頼りにしているのは、睡眠計測ができる高機能ウォッチ。

愛用のポラールウオッチ

朝起きると、睡眠時間だけでなくその質などまで細かく教えてくれるんですよ。睡眠を科学的に可視化できるようになると、自分のことを客観的に見たり、調整したりできますよね。心身ともに疲れ切る前に計画性をもってメンテナンスができるようになり、いつも心身のバランスがいい状態でいられるようになりました」

多忙な毎日を送りつつ、いつも笑顔でポジティブなイメージの高橋さん。気分転換の方法は何ですか?

「実は私、帰宅した瞬間から犬中心の生活をしています(笑)。

高橋さんの愛犬「ラッピー」

でも、犬と戯れることが私にとっては大きな癒やしのひとつなんです。うちの『ラッピー』は17歳ととても高齢なので、日をまたいで家をあけるような遠出はなかなかできません。でも、リソルの森にはドッグランがあって犬と一緒に過ごせますよね。この秋にオープンするドッグエリアも楽しみにしているんです。

あとは、自然のなかを走ることも気分をリセットする方法のひとつ。

普段の生活ではスマートフォンやパソコン、テレビなど、いろいろな情報にぐるりと囲まれて振り回されっぱなしですが、ランニング中はそれらから解放され、自分と向き合うことができる時間です。急にいいアイデアが浮かんでくるのも、決まって走っているとき。仕事前には、紙とペンを握りしめて走っていたくらいです(笑)。また、走っていると“ランナーズハイ”が起きて気持ちが前向きになりやすいので、悩みごとがあるときにもランニングはおすすめです。考えを整理できると、悩みごとがすごくちっぽけに感じることが多いですよ」

あらためて、高橋さんが自分らしくいるために重要なこととは、どんなことでしょう。

「やはり“走ること”は、私の人生においてなくてはならないアクション。そしてもうひとつは、自然を感じること。

どちらも頭のなかを空っぽにして澄んだ状態にでき、なにより楽しいという気持ちが湧いてくるところが共通点です。だから、そのどちらもがかなうここリソルの森は、私にとってとても心地いい場所。小出監督と離れ、『チームQ』を立ち上げる際も最初に頭に浮かんだ場所でした。自然があって、走る環境があって、私を強くしてくれた場所でしたから。誰にでもきっと、そこにいると安らげる場所やしていて楽しいことがあると思うんです。それこそが自分らしさの軸じゃないかな、と感じていて。私にとっては、走ることと自然のなかで過ごすこと、この2つが一番の軸ですね」

とにかく自然のなかを走ることが大好きな高橋さん。人が健康的に生きるため必要な軸、運動・食事・睡眠を大切にする考え方のなかにも、トップアスリートだからこその熱い想いが注がれています。インタビュー後は楽しそうにアフタヌーンティーセットの撮影をされたり、高機能ウォッチに感動していることをお話されたり…。トレードマークのまぶしい笑顔から、心地よく生きることの素晴らしさが伝わるひとときでした。

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