2024.07.19
日本プロサッカーの黎明期を支えてきた選手のひとりとして、我々の記憶に深く刻まれている北澤豪さん。現役時代、日本代表時代、そして引退後の現在に至るまで、各ライフステージでどのようなトレーニングを重ねてきたのでしょうか。北澤さんが実践されてきたボディメンテナンス、そして年齢による体調の変化や健康との向き合い方などについて伺いました。
北澤豪さん
1968年8月10日生まれ。東京都 町田市出身。小学1 年からサッカーを始め高校卒業後に本田技研工業を経て読売クラブに所属。Jリーグ発足後はヴェルディ黄金時代を支える主力選手のひとりとして人気に。日本代表MFとして「ドーハの悲劇」を体験。続くフランス大会においてはアジア予選突破に貢献した。現在は「日本サッカー協会」参与、「日本障がい者サッカー連盟」会長をはじめ自らのサッカースクールを主宰するなど幅広く活動する。
あれは加茂監督のときで、MTC(旧:エアロビクスセンター)は、血液検査ができる医療施設があったのが印象に残っています。というのも、ちょうどその時、具合が悪くなったんですよ、僕。オーバーワーク気味で乳酸値が高くなっちゃって珍しく2日間くらい休みました。
当時は医師の帯同はあっても、そんな検査ができる施設は少なくて。身体のメンテナンスを科学的にできて、トレーニングを構築しやすいと思いました。スポーツは厳しい世界です。見た目の判断だけならスタメンから外されてしまうところですが、不調の理由が明らかになれば保護下に入ることができるし、次のチャレンジに繋げられますよね。
コーチのライセンス取得の合宿で再訪した時には、アクアラインが開通していて、関東圏から近いなという印象でした。移動時間をかけなくても日常から離れて環境を変えられるのはいい。合宿は、ただ鍛えるだけでなく、トレーニング・食事・休息という三角形のバランスをしっかり管理できて、自分のやるべきことに向き合える、練習に集中できる環境設定が大切ですから。
僕、あのままFWやっていたら95年で終わっていたと思います。Jリーグが発足して海外のストライカーと試合をして、プロを続けていくためにはFWでは無理だと思った。自分の肉体を活かす場所をみつけていかないと。サッカーは席が11あるから良かったよね(笑)。
MFとしてハイパワーを90 分間持続させるためには、白身と赤身の筋肉をバランスよくもつ必要があります。両方を偏らさずに維持するのはけっこう難しくて、パワー・筋持久・瞬発力といったトレーニングを万遍なくする必要があります。
持久力のためには30%くらいの力のトレーニングを限界まで長く続ける。瞬発力のためには60%くらいの力のトレーニングを6回くらい行います。
フィールドでは持久力をつけるために、ミドルのスピードでずーと往復する。帰ってきて休んで170だった脈拍を1分で90台まで落とし、また走り出して180まで上げて90まで落とす…心臓をアップダウンさせるトレーニングをします。試合中、攻守の両方を担うMF特有の動きを続けるためです。
僕の場合、子供の頃から持久系の筋力はあったので瞬発系を伸ばしてきた経緯があって。瞬発力をつけるにはパワーが必要で、瞬発力のトレーニングだけをやってもダメなんですね。
僕は中学のときに「読売ジュニアユース」にいたので、そういったトレーニングに関する知識を得るチャンスがありましたが、もし、周りが教えてくれる環境でなければ、合宿施設でトップアスリートらがこなすメニューを見て学ぶのもひとつの手です。
学生であっても、身体の仕組みや筋肉の構造といった解剖学的なことまで、自分で考えて理解しないと成長しないですよ。プロへの入り口を希望する人達は特にその姿勢が重要だと思います。
代表戦では、慣れてこないと力を発揮できないという選手は使えません。試合数が少ないので10試合中いい試合が1~2試合しかないではダメで、少ないチャンスをものにするためには肉体の準備は当たり前。どうトレーニングしたら自分のベストパフォーマンスが出せるか、経験を積み上げて記憶に残さないと。
1週間でたちあげるのか1ヶ月でたちあげるのかスケジュールによっても違うし、食事のとり方も試合前後では変わる。どうやって水分補給するかとか細かいところまでケースバイケースでコントロールできるようにします。それらを僕は日記帳のようなものに記録していましたし、選手同士で情報交換もしていましたよね。
アスリートがシーズンを通して活躍するためには回復力が必要です。ところが、これが年齢と共に変化していくわけで。今でも1試合ならフルで出られると思いますが、回復しない(笑)。3日後の試合に同じ状態でいられる自信はないです。
回復力は鍛える習慣がないと衰える一方ですが、やりすぎは負担になるので、年齢とともにその方法を変えていかないと。僕の場合はもともとパワーを出せる筋力をもっているので、それをコントロールしないと。
昨日の疲れも残っているし気が進まないな…なんて思って歩き始めて小走りになって、気が付いたら猛ダッシュになっている(笑)。そんなだから、身体が壊れないようにバランスよく筋力を維持するように心がけています。
必死に生きていますよ、僕だって(笑)。スクールの教え子と駒沢公園で一緒に走ることもあるけれど、彼らは話しながら走っても息乱れてないし、「お先に!」とか言って去っていきますから。でもね、そうやって走ることで自分の老いや年齢を自覚するのもいいことです。体調の良し悪しも分かるし。
筋トレすれば集中力があがりますよね。ドーパミンがでて頭が活性化するのがわかるし、マラソンは自分とむきあう場にもなる。走りながらリズム感が生まれてくるのも大事で、イメージとしては食べて動いて体温をあげて…それを循環させていく感じですよね。
日本って男女問わず大学出て社会人なると急に運動しなくなるでしょう。20代の運動不足と食事の乱れはもったいないと思う。30代になって気にし始めて、脂肪がついてカラダが重くなってからじゃ運動も体型維持も大変だよね。
運動が続かない人にアドバイスするならば、毎日続けようと力まず、3日坊主にならないようにだけ心がけてれば良いかな。ジャージに着替えるだけ、ウォーキング用の靴を履くだけでも、やる気になったりします。
それに最近ではウォーキングや自転車とか楽しみながら運動する人が増えてきていて、時代がかわってきたなと感じますよね。楽しければ習慣化しやすいでしょう。
サッカーと違って相手がいないから新鮮。調子が良いと70台ですが基本80台くらいで回りますよ。一球一球で勝負できるところ、良いプレーをするために自分で筋道をつけて考えられるところが楽しいですね。僕は一打ごとに感情が入る人だから、ミスショットを引きずらないようポジティブマインドになる訓練にもなります。
僕らの現役時代は他の競技をする時間があるなら、休むかサッカーをした方が良いなどと言われていましたが、今は“積極的オフ”が推奨されていて、ちょっと体を動かしながらの休息がおすすめです。
その影響もあってか現役選手でやっている人が増えました。寝ているよりも、歩きながらゴルフを楽しむことで疲労が回復してくるんですね。カート乗るか乗らないかで違うけど、コース内を10キロ以上歩くわけだから健康的ですよね。
農業はスポーツですよ。 鍛えられるからカラダづくりに良いし、野菜を好きになったりすると思う。親父が地元(町田市)で農園を借りていて、重いバケツをかついて水撒きをするとか、子供のころから手伝っていました。
茄子やきゅうり、トマトは当たり前かな。冬は根モノとか、上手くやるとピーマンは1株で100個くらいできる。いっぱいできたときは馴染みのフランス料理店に差し入れすると、ラタトゥーユになってかえってきます。最高の物々交換ですよね。自分で育てた新鮮な野菜とか食べたら、他では食べられなくなるかも。たかが家庭菜園かも知れないけれど、そうやって育った子は野菜嫌いにはならないよね。
僕らはドーピング検査があるから、例えば、骨折しても使える薬が限られていて、食べ物の力を借りて治すしかない。選手生命に響いてくるから真剣で、食習慣の大切さは身に染みているんです。
僕が主宰するスクールには、トマトを食られない子やお米しか食べない子など、さまざまな生活習慣をもつ子がいます。合宿やキャンプを通じて、トレーニングだけでなく食事や休息の大切さを伝えていくのも僕の使命だと思っています。
東京パラリンピックを機に障がい者サッカーが注目されて、アスリートの人達も積極的に発信して活動しています。でも日常で振り返ったときに、同じスポーツ施設や空間のなかで一緒にプレーしているかというとそうじゃない。
障がいの程度や種類で7団体に分けられているのですが、それぞれに対応できた施設はまだまた少なくて、その辺りのインフラが変わっていかないといけないなと思います。
施設基準の多様性は、障がい者のみならず高齢化する日本とって大切なことです。歩きづらい、見えにくい、聞こえづらいなど、日本は高齢化のロールモデルを開拓する必要があるし、それができれば、もっと世界中から選手たちが集まるんじゃないかな。障がい者と健常者と共に練習することでたくさんの気づきにも繋がり、スポーツを通じて大きなイノベーションが起こると思うんですよね。
インタビュー中に繰り返し登場した“バランス”という言葉。それこそが北澤さんがプロのスポーツ選手として、長きにわたり活躍し続けた理由のひとつだと感じました。鍛えられた筋力のみならず、柔軟な思考力や繊細な調整力といったバランス感覚は、ユース時代から培ってきたもの。現役を退いた今もその力は健在でした。