2024.09.01

北島康介さんが奨める、
健康と人を繋げる生涯スポーツの誘い

北島康介さんといえば数々の世界記録やオリンピックでの雄姿、名言も忘れられません。一方で、選手時代に起業するなど経営者としての顔も持ち合わせており、現在は、人と健康と地域を繋ぐ生涯スポーツの普及に取り組んでいます。今回は、生涯スポーツの楽しみ方と大切さについて、アスリートと実業家ふたつの視点を交え様々な角度から伺いました。

北島康介さん

1982年9月22日生まれ。東京都 荒川区出身。5歳から水泳をはじめ中学2年生の時に平井伯昌氏に才能を見出される。2000年に日本選手権100m平泳ぎで日本新記録を更新。2002年アジア競技大会では、男子200m平泳ぎの世界記録を10年ぶりに塗りかえ世界記録保持者に。アテネ・北京五輪では世界初、100m・200m平泳ぎで2大会連続2種目金メダルを獲得する。現役時代の2009年に株式会社「株式会社IMPRINT」を設立。現在も同会社を軸に水泳だけでなくスポーツ全般に携わる。

リソルの森は過去に2度ほどご利用いただいていますよね。

はい、1度目は撮影で。2003年でしたか世界選手権で世界記録を更新した年です。2回目は2021年で「Tokyo Frog Kings」の海外遠征の際に1週間ほど選手が滞在しました。コロナ禍の国際試合で帰国時に隔離の必要があり、色々と制約が厳しくて、施設の手配が大変だったと記憶しています。

明日どうなるか分からない非常事態宣言中に受け入れてくださったのは、本当に有難かったです。移動疲れと緊張感などで体調を崩しているメンバーもいるなか、水中トレーニングだけでなくメディカル施設も完備されていたので選手も安心だったと思います。

2003年来訪時の北島康介さん。
壁には、サインとその年の世界選手権で世界記録(100m平泳ぎ59秒78 、同200m 2分9秒42)の数字が刻まれている。

北島さんがGMを勤められている「Tokyo Frog Kings」は、競泳の国際プロリーグ「ISL」に参画しているアジア初のプロ競泳チームですが、北島さんは、現役のころから企業と直接にスポンサー契約を結ぶなど、プロスイマーのパイオニア的存在として、ビジネス化に早くから進んでいた印象があります。

もともとプロスポーツへのあこがれが強かったんです。大学卒業後に企業とマネージメント契約してお世話になっていましたが、それは本当の意味でプロスイマーではないと感じていて。

競技に出て水泳をすればお金がもらえるのではなくて、北島康介に商品価値があるのでお金をだしてもらっているわけで、それは果たして本当のプロなんだろうかと。そんななか2008年の北京オリンピックを終えたあたりで、自らマネージメントをしてみようとなって。

セルフマネージメントが出来ないと競技に対してコミットメントできないし。というか、あれこれと指示されるのがイヤだったんですね(笑)。社会人にもなって、どうして自分で決められないんだろうって。もし成績が悪くなっても自己責任だと思って起業しました。

自分のことは自分でやるぞ!という感じですね。起業は引退後のセカンドキャリアを視野にいれてのことですか? 例えば、指導者の道というのも考えられますが。

大学で教員免許を取得しているのですが、指導者にならなかったのは僕のコーチ、平井伯昌のようにはなれないと思ったから。1日36時間くらい水泳のことを考えているんじゃないか?!というようなストイックな姿は、とうてい真似できるものではないです。

それに僕はセカンドキャリアという言葉自体が間違っていると思っていて。選手を辞めたから、次の新しい道というのはおかしいでしょう。

選手時代とその先の人生は繋がっているということですね。

しかも今、アマチュアアスリートの選手寿命が延びてきていて30歳くらいまで競技生活がおくれたりする。だからこそ、早い段階で具体的な目標をみつけて準備をしておく必要があると思うんです。もちろん、オリンピックを目指しているのに、それ以降のことを考えるのはおかしなことですが。

僕自身は会社を立ち上げたことで、現役時代に僕を支えていてくれたスタッフを引退後は支えていく立場になり、必然的にその先を考えるようになった。幸い、起業後にアメリカ留学をして、現役時代にさまざまなジャンルのビジネスパーソンと知り合い、色々なアドバイスをもらうことができました。

最近では、アスリートと起業家の人が集まってアドバイスを受ける機会も増えてきたようですが、僕らの頃は支援していただくばかりで、ビジネスを教えてくれることはあまりなかったんですね。

そんな北島さんが、今、推し進めているのが、スポーツを中心とした多彩なコミュニティプログラム『SPOLUTION(スポリューション)』の開発ですね。

まだスタートしたばかりなので試行錯誤の最中ですが、民間施設やマンションなどの共有部などを活用して、地域の方たちが気軽にスポーツを楽しめる場を整え、情報を共有するプラットフォームです。

マンションに、フィットネスルームなどの共有施設があるのに誰も使っていないという課題に対して、例えばですが、地域の高齢者と子供とが触れ合えるダンス教室など、スポーツにプラスの価値を見出してもらえるようなコンテンツを提案しています。

地域に生涯スポーツを媒介とした、新しいコミュニティを誕生させるのが目標のひとつですが、住民やデベロッパーの賛成はもちろん、その地域の特性にあった魅力的なコンテンツの創出、そのためのインストラクターやトレーナーの人材育成や派遣など、クリアにしなければいけない課題がいくつもあります。

成功のカギは、食事や旅行に誰かを誘うのと一緒で、地域住民のなかで誘い誘われる関係が構築できるか否か。スポーツが子供の成長や自分の健康維持にいいと知ってはいても、独りではなかなか参加の一歩を踏み出せないものです。

そもそも海外にくらべて、日本ではなかなか生涯スポーツやトレーニングの習慣が定着しないように感じますがなぜでしょうか。

海外には国民健康保険制度のない国が多いため、ヘルスメンテナンスについての感度が高く、ゆえにスポーツマーケットの水準も高いんです。高齢化がすすむ日本では健康寿命をどうのばすかが課題なわけですが、身体の不調改善や脳を活性化させるためにも、生涯スポーツへの取り組みが重要になってきます。

でもスポーツやトレーニングを習慣化するってとても難しくて。やらなければいけない、というスタンスから入る日本人はなかなか反復が苦手です。僕も現役を引退した今は、日々のトレーニングが嫌ですもん(笑)。

じゃあ、どうしたら楽しく続けられるのか? まずは興味をもってもらうことですよね。日本には様々な競技種目の団体があって、これほど幅広く競技をしている国もない。それだけ多様なスポーツに出会えるチャンスも多いはずなので、観戦したり応援したり、ファッションを真似てみたり、まずは積極的に、できれば子供のうちから参加してみることです。

ご当地スポーツみたいな、地域の特色が反映されたスポーツイベントを企画して根付かせるのも面白いですよね。シニアの方ならトレーニング以外の目的があるといい。トレーニング後の晩酌を楽しみにするとか、ゴルフのための体力作りとか、腰痛改善目的でもいいと思います。治療プラスで日常に取り込んでいくことも続ける秘訣です。

例えば、旭川市では、腰痛改善のために何週間かファンクション的トレーニングをしてもらってデータ化し、どれだけ医療費を削減できたかなどを試験的に行っています。生活習慣病と関連させて、スポーツ医学を身近に感じてもらう取り組みも大切ですね。

僕の話になりますが、引退後は普段の生活リズムを整えるという理由で、週に2回はパーソナルトレーニングの日を設けています。あるべき姿(体型)にむけて数字を設定していて、ちょっと太ったなと思ったら有酸素運動を多めにするとか。もう少し肩甲骨を使いたい、腹筋を入れたいなど、普通のフィットネスとは違って少しマニアックかも知れません。

もうひとつは、30年ちかく水泳と向き合ってきたので、猫背で肩が内旋しているし反張膝なんです。地面での動きに慣れてないので、長時間、歩くとふくらはぎがパンパンに固くなってしまう。それらの負担を軽減して改善する目的もあります。

まさに、治療目的をプラスしたトレーニングですね。水泳はいかがですか?

僕は、引退後は水に入ることが少なくなりましたが、水泳といえば、赤ちゃんからお年寄りまでできる生涯スポーツの代表格です。民間の水泳施設に通うお子さんは多いし、社会人になったときは余暇としても楽しめます。また、日本は災害の国でもあるので「着衣泳」の取り組みも推奨したいです。

水泳は食欲増進や睡眠に良い影響を与えたりすることが分かっている他、むくみ軽減など様々なエビデンスがでています。寒い時ときだからこそ水に入るというのも大切で、脂肪燃焼効果や血行促進の効果が期待できるんです。

水中では思った以上にカラダを動かせるし、浮力を活かしたリハビリや筋力トレーニングもいい。祖母は僕の活躍をみて60歳を超えて水泳を習いはじめましたから、水泳は時期に関係なくはじめられるんですよね。

お話しを聞いていると、自分の体質にあったスポーツやトレーニングの活用方法を、学べる機会があったらいいのにと思いました。

トレーニングって、走ったり、モノを持ち上げたりするイメージがありますが、自重で身体に付加をかけたり、身体のバランスをみながら筋肉の弱いところを鍛えたりするファンクショントレーニングがおススメです。

また、トップアスリートも利用している「FMS(ファンクショナル・ムーブメント・スクリーン)」というプログラムがあります。「しゃがむ」「踏み込む」「またぐ」など7つの動作項目から、各関節の可動域や体幹の安定性などを判定・評価し、人それぞれに最適なプログラムの情報を提供するものです。

身体の状態を知るたけでなく、弱点を知り改善ができるのが特徴で、トレーナーが見て評価をするポイント制のため、僕の会社でも毎月のようにトレーナー研修を行っています。

トレーニングにおいて身体の機能を改善していくためには、メディカルトレーナー無しでは難しいところもありますね。これからは、整体師やドクターの指示を直に受けられるような理学療法士のような専門家の活躍が、より期待されてくるのではないでしょうか。私たち、引退したアスリートがお手伝できる場も増えてくると思います。


理想は「人と人がスポーツを通じて気軽に繋れるような場が地域に根付くこと」と北島さん。子供から高齢者までが、ともに充実した日々を過ごせるような健康プロジェクトが、北島さんの手によって動きはじめています。町おこしのスポーツイベントからメディカルスフィットネスまで、今までにない生涯スポーツ体験を、もっと身近に。実業家、北島康介さんの挑戦は続きます。

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