2024.12.01
ラグビー史上最大の番狂わせと語り継がれている2015年のラグビーワールドカップ 日本代表 vs 南アフリカ代表戦(以下、W杯)。日本勝利の立役者のひとりである五郎丸歩さんはといえば、プレースキック前の独特のポーズです。私たちの記憶に刻まれているあのポーズとルーティンは何を意味したのか。今回は、五郎丸流メンタルの鍛え方とともにラグビーの魅力を掘り下げます。
五郎丸歩さん
1986年3月1日生まれ。福岡県 福岡市出身。小学生時代はサッカーに専念。兄の影響もあり中学からラグビー部に所属、佐賀工業高校時代にU17日本代表に選ばれる。早稲田大学では1年時よりフルバックのレギュラーとして活躍。2005年に日本代表に選出。2008年に「ヤマハ発動機ジュビロ」に入団し、シーズン得点王およびベストキッカーを2年連続受賞(2011年/2012年)するなど活躍した。2015年のW杯ではプールステージ4試合に出場。2021年の引退後は「静岡ブルーレヴズ」にてCRO(クラブ・リレーションズ・オフィサー)を務めた。現在は、今秋に設立した「一般社団法人Future Innovation Lab」の代表理事として活動している。
ここは合宿環境として良いですね。渋滞のストレスもないし、5月に来た時は芝の状態も非常に良く、都会にはない良さがあります。
©JRFU
天然芝だと身体への負担が少ないです。関節のことを考えても、タックルされたときに芝ごと抜けてくれるので、足がロックされずに大怪我のリスクも軽減されます。その代わりに芝のメンテナンスは大変ですよね。トップレベル選手に特化せず、カジュアルにグラウンドを活用するのであれば人工芝がお勧めです。
ラグビーの練習と聞くと必死に耐えるイメージを持たれるのですが、トレーニング、食事、睡眠、休養をきっちりと計算して、計画的にプログラムをこなしていくので効率が上がります。
2012年の代表合宿ではエディ・ジョーンズ ヘッドコーチのもと6時、10時、14時、17時といった感じで4部錬(1時間の練習を1日4回)をこなしていました。それに加えてリーダーは別途ミーティングがあるので、1日中可動していました。ですが、強度高いトレーリングを効率的に積み上げていたため、がむしゃらに頑張るという感じではなかったですね。
身体は大きくしなければならないけれど、好き勝手に食べて良いわけではありません。1ヶ月に1度、専用の測定器で体脂肪を正確に測ります。体重計だと足裏の水分量で体脂肪や体重が変わってしまいますから。
体脂肪は少ない方が好ましいため、野菜から食べて血糖値を上げすぎないようにする、揚げ物は控えるなど、脂質を少なくタンパク質を多く摂るようにします。タンパク質は体重×2gを摂る必要があるとされていて、僕は100㎏あったので200~250gを摂るために、食事で摂れなかった分をプロテインで補充していました。
あくまでサプリメントとしてのプロテインですが、これもただ飲めばいいというものではなく、タイミングとしては食事の後に飲むのが良いです。基本的に飲みものは唾液がでてないと吸収率が良くない。朝起きて、すぐ飲んでも身体の外の流れていってしまいますから。
引退して4年目になりますが、今まさに脂肪なっている途中だと思います(笑)。ジムに週2回くらい行けたらいいとか、通勤は自転車で行ってみようとか、多分、皆さんが思うことと変わらないです。現役を終えて気が付いたのは、身体を捻るとか肩をあげるとか、普通に生活していて3Dに動くことって少ないなと。そこは積極的に動かすようにしています。
一般的なヘルスケアを考えてのトレーニングならば、どこか身体の一部ではなく、まんべんなく鍛えた方が良いと思います。でも、あれもこれも難しかったら筋肉量が多い脚を重点的に鍛えた方が、ダイエットや健康維持につながるかも知れません。
脚を使うことでエネルギー効率を良くすることができますから、無理なく続けられる程度のウォーキングで充分かなとも思います。大切なことはトレーニングを続けるための目標設定。あと、食事の正しい知識をつけておいた方が良いですね。
僕はメンタルという言葉があまり好きではないし、ましてや鍛えるなんてことは不可能だと思っています。
かつては僕も(ゴールが外れたら、どうしよう)とか思っていました。でも2015年のW杯のときは一切、そういうことは考えなかった。なぜかというと、やらなくちゃいけないことが明確にあって、それを突き詰めていくことでしか、キックの成功率をあげるという課題は解決しないと分かっているからです。
ラグビーに限らず団体競技では、他のポジションの誰かと関係することで試合が成立しますが、ゴールキックは唯一、個人として成り立つ場面があります。だからこそ、自分自身が解決策を探らなければリカバリーできない。そのためにはコントロールできることは徹底的にコントロールして、本番にむけて100%の準備を目指すことです。
ないです。事前に必ず下見をするし、本番で戸惑わないようにキックを蹴る位置を8ヵ所くらいに絞って、ゴールとの位置関係を写真に撮って確認します。8ヵ所それぞれの位置からゴールを狙う練習をした後には、カラダの状態を確認するためにポールの真横に立ってゴールを狙う練習をします。
これは、自分の感覚をポールという点で見極めるためです。右キッカーの場合、大きな試合になればなるほど左にそれるというデータが取れています。力むんですよね、力めば力むほど左側にずれていく。だから日頃から左にずれたときでも入るように右を狙って練習します。
そうですね。目に見えないメンタルはコントロールできないからこそ、目に見えてコントロールできる部分はとことん突き詰める。あとはキックが外れようが外れまいが凹むことはないです。僕たちは、どういうわけだか(失敗したら挽回しなくちゃ!)といったイメージに縛られて生きていますが、自分が思っているほど周りは期待してないです。
次に切り替えて、やるべきことを淡々とやっていく作業こそがチームのためになります。でも、そういうマインドになったのは、2015年のW杯(イングランド・ブライトン開催)にむけて「勝って歴史を変えたい!」という目標を持ってからですね。
その間、外国人のキッキングコーチやメンタルトレーナーが様々なことを教えてくれましたが、最終的に残ったのが、メンタルトレーナーの荒木香織さんでした。荒木さんは「自分がコントロールできるところでメンタルにアプローチしましょう」という考えで、ああ、この人となら一緒にやっていけると。
実は、あの構えは大学の頃からやっていました。それまで感覚的にやっていたものを、ひとつずつ動きを分解して、その出来に点数を付ける確認作業のようなものを100日間やってカタチにしたのが2011年からの4年間です。
W杯で目標だった85%の成功率を出せずに終わり、何かを改善する必要がありました。ですが、周囲の期待が(笑)、イチロー選手が構えるポーズのようにね、やらなくちゃみたいな。
そんな時に、世界的キッカーが5人くらい所属するフランスの「RCトゥーロン」に移籍しました。練習中に彼らを観察していたら、すごいシンプルに蹴る。僕はいろいろと考えて、突き詰めて蹴っていたけれど、答えはシンプルだったんだなと感じました。そこで、自分のプレーに対する原理原則を軸に、必要ないものは極力削って必要な部分だけを残しました。
ゴルフは好きです。でも練習が好きじゃないんですよ(笑)。プロではないし一緒に回る人たちに迷惑かけない程度の腕があればいいなと。仲間と一緒にプレーする雰囲気が好きですね。僕は基本的に大勢とワイワイとやりながら楽しむのが好きなんです。
多様性という一言につきます。ラグビーはサッカーや他のオリンピック競技と異なり国籍が違っても日本代表になれます。日本代表になると母国代表にはなれないという制約があるなか、皆、さまざまな背景と想いを背負って日本に来ています。
ポジションも簡単に言うと、フロントローの1~3番はガッチリ体型の力自慢。ボールをキャッチする4と5番は背が高め。先陣を切って攻撃していく6~8番は血の気の多い人。パスを繋げる9番は走り回れて器用な人、10番は司令塔。攻守共に激しい12と13番は常識にとらわれない型破りタイプ。タッチライン際でボールを受ける11と14番は俊足。フルバックの15番はキック力とチームを俯瞰できる自由人(変わり者)…といった具合に、必ずポジションのどこかに自分の性格や体型がはまるんです。
なので、高校からはじめても日本代表になれるチャンスがあります。他競技の経験者でも、その技術や能力を活かして活躍できる可能性があるのがラグビーの面白いところです。このように、選手ひとりひとりのベースも常識も体型も特技も違いますから、主張しながらも互いを認め合います。だから、唯一共通言語でひとつになれる国家斉唱は大声で歌います。
2019年のW杯を見てもらえれば分かるように、ラグビーってポテンシャルだらけなんです。まったく興味なかった人がスタジアムにきて応援してくれる。一過性の人気ではなく、もっと身近な存在になることが望ましいです。
そのためにも、ラグビーを目指したいという子供たちの受け皿を用意しておくとか。2019年はラグビーを始めたいという子供が多くいましたが、ラグビースクールはじめ受け皿が十分に準備できておらず、その機会を逃しました。
また、どのスポーツにも言えることですが、今、国内だけでなく海外を目指す子ども達や海外チームを追いかるファンが多くなった。ラグビー界では、シーズン後に外国人選抜VS日本代表などを企画するのも面白いかなと思います。
ラグビーは加盟国がそんなに多くはないので、最短で2035年にW杯日本開催のチャンスが巡ってきます。2019年はアジア初でしたし招致するだけで大変でした。もし11年後に日本開催が実現したら、何のために招致するのか、そこまで落とし込めると良いですよね。
ディフェンスの最後の砦でありキック処理能力も求められるフルバックは、試合中に迷ったり落ち込んだりする暇はありません。プレーに集中するためには万全な準備をして本番に臨まねばならず、かのルーティンはその動作確認にすぎませんでした。実態のないメンタルは鍛えられない。ならば見える部分を徹底的に制御する。五郎丸さんの20年以上におよぶラグビー人生から生まれたフィロソフィーは、スポーツに関わらず何かに挑戦するすべての人に刺さるのではないでしょうか。