2021.10.15
グルメ
江戸時代から水運を利用し醤油造りが盛んだった千葉県。現在でも醤油の生産量は全国1位とその歴史と技術を今に伝えていますが、同じ発酵文化である日本酒造りとも密接な関係があり、実は、ファン垂涎の隠れた銘酒や個性あふれる酒蔵がたくさん存在します。
明治時代に237軒あったという酒蔵は、現在40軒ほどとなり、いすみ市大原に酒蔵を構える明治12年創業の老舗酒蔵「木戸泉」もそのひとつ。からだに悪い影響を与えるような酒をつくるわけにいかないという祖父(3代目蔵元)の志を受け継ぐ5代目蔵元の荘司勇人さんが、独自の酒母造り「高温山廃酛」を守りながら、自然醸造をテーマに日々、新しい酒造りに挑戦し続けています。
酒蔵に生息する天然の乳酸菌を取り込む酒母造りは、市販の乳酸菌と培養酵母を加える速醸酛(そくじょうもと)にくらべ時間も手間もかかるため、木戸泉酒造をはじめ伝承する酒蔵は全国でも数えるほどです。
酒母は、雑菌の繁殖をおさえるために5~8度という低温の水で仕込むのが一般的ですが、「高温山廃酛」は55度という高温環境下で酒母タンク内の雑菌を滅すため、腐造の心配が少なく酒母完成までの日数を通常の約半分に抑えられるという特徴があります。
この高温で仕込む方法は、3代目が南房総の温暖な気候風土を取り入れ山廃造りに応用した、いわば逆転の発想から誕生したアイディアであり、酒蔵「木戸泉」の個性として、深い味わいとワインにも似た酸味のある「AFS(アフス)」や、長期間熟成させても品質が落ちない「古酒」を生み、日本酒における熟成酒文化を復活させるきっかけにもなりました。
荘司「古酒が完成したのが昭和40年ですが、以前は酒の生産時に課税される酒税法(造石税)の関係で醸造後1年以内に出荷してしまうのが常識だった日本酒を、3代目は熟成させることで深い味わいを引き出そうと考えました。それだけでも型破りなのに、あの時代に保存料に頼らず、自然醸造にこだわるという慧眼の持ち主でした」
もともと醤油や味噌の卸やアワビ漁などを生業としていた初代が、偶然、木桶を手に入れ、醤油造りと酒造りをはじめたのがきっかけで誕生したという木戸泉酒造。醤油造りが盛んな千葉らしいエピソードですが、「もしかしたら、競争の激しい酒どころの蔵元だったら、利を追求することなく信念を貫き通すのは難しかったかもしれない」と、荘司さん。
寒い気候が好まれた従来の日本酒造りにおいては個性的ともいえる房総の温かい気候が、他に類のないとびきり旨い酒と、アイディアをもった蔵元を育てたわけです。
土地に根差し風土を活かす酒蔵は、地域が盛り上がってこその存在。木戸泉酒造でも地元いすみ市との交流を大切にしています。
毎年春に開催される「外房いすみ酒蔵開き」では、県内外から1000人以上のファンが集まり木戸泉酒造の前で盛大に乾杯します。当日は、臨時特急「外房いすみ酒蔵開き号」が運転されるほどの人出となり、“ほろ酔い通り”と名を変えた大原商店街を中心に、いすみ市でつくられるチーズやグルメ、大原漁港でとれる海の幸、そして木戸泉酒造の旨い酒が堪能できます。
“休むこと”とお酒の関わりについて荘司さんはこう語っています。
荘司「木戸泉酒造では“こころが豊になるお酒づくり”を信条としています。皆でワイワイとお酒を酌み交わして楽しんだり、ご自宅などでしっぽりと飲んでお休みを過ごしたりと、さまざまな飲酒のシーンがあると思いますが、ただ酔うためではなく、こころとからだをゆっくりと解きほぐすように、味わって飲んでいただけたら嬉しいですね」
残念ながらコロナ禍で「外房いすみ酒蔵開き」をはじめ、木戸泉の酒が御神酒として振る舞われ、関東随一の勇壮さを誇る「大原はだか祭り」は、昨年から中止を余儀なくされています。
ただ今は、賑やかな催事の再開を待ちつつ、部屋で寛ぐひとときのお供に、個性ある千葉の地酒を選んでみてはいかがでしょう。
木戸泉酒造
千葉県いすみ市大原7635-1
kidoizumi.jp