2022.08.04
カルチャー
江戸時代後期に活躍した戯作者 曲亭馬琴が、28年(1814年~1842年)もの歳月をかけて書き上げた全98巻(106冊)におよぶ伝奇小説『南総里見八犬伝』(以下、八犬伝)。発表されてから現在に至るまで、演劇・映画・ドラマ・漫画と繰り返しコンテンツ化され、今なお、多くの人に親しまれています。
室町時代…妖女“玉梓”の呪いにより、安房国の武将である里見家の娘“伏姫”は飼犬“八房”の妻になる。伏姫の婚約者であった若武者“金碗大輔”は伏姫を助けるため姫らが住む富山に赴くが、逆に姫を死へとおいやってしまう。
嘆き悲しむ金碗大輔。すると、姫がかけていた仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字が刻まれた8つ数珠が四方へと飛び散った。金碗大輔は、散った数珠を宿し「里見家を守ってくれる」という8人の犬士を探す長い旅へと出かけることになる。
作品に登場する里見氏は室町時代~江戸時代初期に実在した武家であり、かつて治めていた安房国(現在の館山市・南房総市・安房郡鋸南町・四方木を除く鴨川市)は、馬琴が紡ぎだした物語と史実とが入り交じる歴史ロマンあふれる地として知られています。
今回は南房総市と館山市を中心に『八犬伝』と里見氏の面影をたどります。縁の史跡や旧跡を訪ねる旅へは、電車ならばJR「岩井駅」(地図No.1)や「館山駅」などが最寄り駅です。
南房総市に位置する標高349mの富山(とみさん/作品中では“とやま”)は八犬士の誕生と終焉の地。伏姫と八房が籠っていた「伏姫籠穴(ふせひめろうけつ)」にはじまり、物語終盤には隠居した八犬士らが富山で仙人となります。
伏姫籠穴はいつ誰が何のためにつくったのか不明だそうですが、籠穴へ続く門をくぐり参道に入るとそこは『八犬伝』の舞台にふさわしい幽玄の世界。静寂につつまれた森では、不思議と神仙や妖の気配を感じることでしょう。
現在、富山の周囲一帯は「県立富山自然公園」に指定されており、北峰南側の展望台には「里見八犬士終焉の地」の標柱があります。
県道88号線を進み富山地区に入った辺りにひろがる「犬掛古戦場跡」は、天文2年(1533年)に起きた、里見義豊が叔父である実堯を殺害したことによって始まる “天文の内訌” において、義豊と実堯の子である里見堯実との戦いが繰り広げられた舞台です。
近くには南房総市の指定文化財である前期里見氏※の墓があり、『八犬伝』においては、八房が生まれ育った場所とされています。八房は、森の狸に育てられた犬という設定で、物語ではその出生を面白がった里見義実に拾われ伏姫の飼犬になり、以後、里見氏と伏姫の運命に関わっていくのです。
※安房里見氏は嫡流であった第4代当主の義豊までを“前期里見氏”と呼び、義堯をはじめ内乱後にたった庶流系当主を“後期里見氏”と呼ぶ。
この“天文の内訌”の際、義豊方に味方した里見氏一族が治めていたのが「滝田城」であり、『八犬伝』では伏姫の父である里見義実の居城として登場します。
現在、滝田城跡周辺はハイキングコースが整備されており、「八幡台」と呼ばれる標高約140mの本丸跡までは、案内看板があるスタート地点から20~30分ほどで登ることができます。
ちなみに城址への入口は2か所あり、県道88号線から案内標識を頼りに進むと「搦め手口」に到着することになります。こちらの入口には、駐車場やトイレなどが整備されており、分かりにくい正面「大手口」よりも「搦め手口」からの入山がおすすめ。ナビを設定する場合は「滝田城址駐車場」と入れると迷うことがないでしょう。
玉梓の呪いにより3歳になるまで言葉をしゃべらなかった伏姫を心配した母親が、姫を連れお忍びで訪れたのが「養老寺」です。養老寺は、養老元年(717年)に役小角(えんのおずぬ)によって開創されたとされる真言宗智山派の寺院で、本尊の十一面観音をはじめ観音堂、独鈷水があります。
伏姫は、境内にある役行者が修行した岩窟で不思議な老人(役小角の示現)から百八つの玉でできた数珠を授かったことで健やかに育ちはじめ、後に、この数珠のうちの八玉が “仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌”となるわけです。
天正19年(1591年)から安房里見氏の9代当主義康が居城とした「館山城」は、『八犬伝』においては八犬士のひとり犬江親兵衛が守る居城となっています。
城跡内(城山公園)には、約200本の梅、約1200本の椿、約500本の桜、そして約6400本のツツジが植えられており、四季折々に花が咲きほこる径は人気の散歩コースです。園内には、八犬士のモデルになったとされる「八遺臣の供養塔」や、『八犬伝』の版本や錦絵をはじめ展示している館山城(八犬伝博物館)や、実在の里見氏の歴史を紹介する館山市立博物館本館「八犬伝博物館」があり、ファン垂涎のスポットです。
また、公園の一角にある「里見茶屋」では、八犬士にちなんだ8種の餡がたっぷりと盛られた名物「房州里見だんご」をいただけます。(取材日は、陽気で優しい店長が団子を1本サービスしてくれる太っ腹な企画を展開中でした※)
大きくてモチモチの串団子は食べ応えあり。歩き疲れた身体を休めるのにちょうど良い塩梅です。
曲亭馬琴は、日本で初めて原稿料のみで生計をたてることのできた小説家と言われており、その人気ぶりがうかがえます。なかでも『南総里見八犬伝』は、室町~江戸時代の長きにわたり幕府と海の利権を巡って渡り合い、ついには徳川幕府の計略によって滅ぼされた里見氏がモデルであり、在りし日の姿を偲ぶ民衆の想いが爆発的なヒットへと繋がったのかも知れません。
南房総エリアには、そんな『八犬伝』と里見氏縁の地がまだまだたくさん存在します。