2023.02.15
カルチャー / グルメ
前回に引き続き千葉の醤油造りと宮醤油のこだわりについて、「有限会社 宮醤油店」(屋号:タマサ醤油)の宮 敬一郎社長に伺います。
現在、宮醤油では製造に関わる職人が5人おり、うち“もろみ”に携わるのは2人。かき混ぜ方ひとつで醤油の仕上がりが変わる繊細な仕事であり、一人前になるには10年かかります。
例えば、乳酸菌が働くもろみの初期段階では、炭酸ガスをぬき酸素を入れるためほぼ毎日かき混ぜます。一方で酵母菌が働くアルコール発酵時には嫌気性の性質をふまえ、酸素にふれさせないよう、発酵度合を均一にする目的で2~3週間に1度ゆっくりとかき混ぜるなど、その切り替えを見極めるタイミングが大切です。
木桶のなかでは麹菌がつくった酵素が働き、大豆のたんぱく質はアミノ酸と変化し“旨み”になります。一方、小麦のでんぷんは糖分になり乳酸発酵がおきて乳酸菌ができます。乳酸菌が活動を終えるころになると、残った糖分をもとにアルコール発酵が起こり、これが醤油の“香り”のもとになるのです。
こうしてできあがった諸味(もろみ)を布に包み込んで絞った生揚醤油に熱を加え火香(ひが)し完成。ここまでの工程で夏を2回越します。
宮「醤油は本来1年以上かけて仕込むものですが、今は技術の発達により4~8カ月程度で出荷できます。それでも、いい味をつくるには熟成が必要。じっくりと寝かせた2年モノが味、香りともに最上級です」
このように時間をかけ丁寧につくられた宮醤油の濃口醤油は、料理人や寿司職人などをはじめ味にこだわる人々から信頼されており、佐貫では宮醤油を使った品を提供する飲食店が軒を連ねています。
宮「わたしどもの醤油は、煮物の煮あがりの色が非常にきれいだと言っていただきます。水に含まれる鉄分が野菜のタンニンと結びついて黒くなるそうですが、佐貫の地下水は鉄分が少なくカルシウムが多いため野菜が鮮やかな色に仕上がるようです」
もともと房総半島は、海底に利根川から流されてきた土砂が堆積し隆起した砂地や貝殻層であり、その天然フィルターを通して沸いた地下水はカルシウムが豊富な硬水です。
宮「なかでも佐貫は特に水がよく、利根川の水を利用する前までは富津市の水道局は佐貫にあったくらいです。温暖な天候で桶の微生物の育ちもよく、この水と気候が美味しい醤油をつくるのに適していたわけです」
創業時から45年間宮醤油を使い続けている江戸前はかりめ料理「いそね」(富津市岩瀬)のご主人は、「濃くなりすぎず、まろやかなのにしっかりと味がつく。宮さんの濃口醤油でないと作れない“はかりめ”(穴子)メニューもありますよ。うちにかぎらず中華、和食、竹岡式ラーメンと、この辺りのお店さんは皆、宮さんの醤油を使っていると思います」と話します。
宮「濃口・淡口・再仕込み・たまり・しろといった醤油の種類は江戸時代には完成していたものです。今でも新しいカタチの醤油を産みだそうとあれやこれやと工夫しているわけですが、そろそろ新しい種類が誕生しても良いですよね」
昨今の醤油のトレンドといえば減塩や生(なま)醤油など。健康志向の高まりにより醤油は低塩化がすすみ、塩分を15~16%※におさえた醤油を作る藏が多いそうです。(※国の栄養成分表では醤油の塩分は17.5%)
宮「生(なま)醤油というのは諸味を搾った後に、火入れをせずにろ過のみを行った醤油です。技術の進歩で熱を加えなくてもろ過のみで微生物を取り除くことができるようになったわけです」
ちなみに、淡口醤油やしろ醤油といった淡い色の醤油は逆に塩分が高いそう。醤油の発酵・熟成を抑えるために薄口醤油は濃度の濃い塩水を加えており、淡口醤油の塩分は18~19%、しろ醤油は17~18%ほどあります。逆に、色、旨味ともに濃い再仕込み醤油は、食塩水のかわりに醤油で仕込むため塩分が少なく「甘露醤油」という別名があるほど。塩分は15~17%になります。
塩を半分の量に抑えるかわりに酢を入れた減塩醤油は、刺身のかけ醤油などに向くも煮物には不向き。生(なま)醤油は、味や香りがまろやかで、調理して火にかけると香りがたつ特徴があるため、パスタなど洋食に。また、塩分がすくなく醤油の味が濃い再仕込み醤油やたまり醤油は、肉料理と相性が良いそうです。
宮「関東では8割が濃口醤油を作る蔵元です。それだけ気候が適当で大豆の発酵のすすみ具合がよく濃い醤油が作りやすい環境だったわけですが、その分競争が激しく、質の高い醤油をつくらないと生き残れません。そのため価格の安い醤油でも「特級」、良いものになると「特選」「超特選」という商品が当たり前のように並びます」
JAS規格では、「特級」の濃口醤油なかでも窒素分(旨味)が特級規格より10%以上多い醤油を「特選」、20%多い醤油を「超特選」と表記できる規定があります。これは、もともと関東の醤油蔵が自主企画で定めたものが後に正式に採用されたものだそうです。
宮「たまたま、わたくしどもは指名買いで使ってくださるお客様が多かったので生き残ってこられましたが、小さい蔵元は、低価格で質の高い醤油を大量に作る資本の大きな蔵元にはかないません」
人口減少や食の多様化により醤油の消費量は戦後の半分まで減少しており、さらに宮社長は「大多数の消費者は醤油の味まで気にしない」と話します。
宮「巷のスーパーでは1ℓ 100円と水より安い醤油をみかけることもあります。なかには半分塩水といった商品もありますが、でも、これでじゅうぶん満足という方もいるのです」
穏やかな口調で「醤油は生活必需品。酒蔵のように華のある仕事ではないですね」と語る宮社長。しかしそこには、醤油という地域にねざした文化を支えている誇りと、本当に美味しい“いい醤油”を作り続けるプライド、そして県南唯一の老舗醤油蔵である力強さを感じるのです。
(有)宮醤油
千葉県富津市佐貫247
http://www.miyashoyu.co.jp