2024.05.31
カルチャー
万華鏡(カレイドスコープ)は1816年、スコットランドの物理学者 デビット・ブリュースター氏によって発明されました。鏡を利用し、灯台の光をより遠くまで届かせる実験中に誕生したもので、合わせ鏡に反射する幾何学模様が幾万通り繰り返される世界は見て飽きることがありません。
ヨーロッパを中心にブームとなり世界中で親しまれているものの、子どもの玩具の域からでることのなかった万華鏡を、近年、アートや工芸品として生まれ変わらせたのがアメリカのコージー・ベーカー氏(2010年没)です。彼女は、息子を事故で失った悲しみを癒してくれた万華鏡を愛し、愛好家団体を立ち上げて万華鏡文化の発展に貢献。彼女の支援により多くの作家が素晴らしい作品を世に残しています。
そんな“万華鏡の母”コージー・ベーカー氏の影響を受けた作家のひとりが、流山市に万華鏡工房を構える中里保子さんです。同市には「寺田園茶舗」(国登録有形文化財:寺田園旧店舗)を改築した「流山万華鏡ギャラリー&ミュージアム」があり、中里さんをはじめ、多くの万華鏡作家の作品に出会うことができます。
2023年に作家生活20周年を迎えた中里さんの工房『GLASS-STATION』には、万華鏡と聞いてイメージする筒形のそれとは異なる、個性的なオブジェが並びます。ガラス、陶器、金属、木彫など素材もデザインも様々で、なかには万華鏡と気が付かないような作品もあり、覗いた世界だけが万華鏡のぜんぶではないのだと新鮮な驚きを感じます。
中里「作品ごとにテーマがあり、ボディとオブジェクト(模様の元となるパーツ)とミラーが三位一体となってひとつの世界観をつくっています。制作過程でガラスの生成や溶接、木工、サンドブラスト(表面に砂などの研磨材を吹き付ける加工法)…なんでもするので工房は道具だらけなんですよ」
中里「基本的には三面鏡の原理ですから、どのようなミラー構造にしたら目指す映像になるか計算できますが、実際、思った通りの映像が展開したときは工房中を走り回るほどうれしいです。偶然、生み出されることもあり、例えば『秋草』の鼓の形状は、試行錯誤の最中に片方のガラスが斜めに落ちて固定されたことで、思いがけず出来上がったもの。そういう奇跡みたいなこともあるんです」
アパレルデザイナーだった中里さんが万華鏡作家を目指すようなったのは、サッカーウエアを手掛けていたとき。Jリーグ発足によるサッカーブームが到来し、あまりの忙しさに息抜きができる趣味が欲しい!と通った「ステンドグラスアートスクール」で、オイルワンドタイプの万華鏡と出会います。
中里「オイルの入ったガラス管のなかを、ガラス粒が落ちていくのを、ただ万華鏡で見るだけのものなのですが、あまりの美しさに度肝を抜かれました。これを作っちゃったもので、すっかり万華鏡にはまってしまったんです」
当時、唯一日本で手に入ったベーカー氏の著作三冊を穴が空くほど読み、万華鏡を作り始めた中里さんですが、国内コンペでの受賞などを機に2003年から本格的に作家活動を開始。その後、2005年に万華鏡作家として参加した「愛・地球博」で万華鏡アート界の巨匠 チャールス・カラディモス氏と出会います。
中里「たまたま名古屋市のパビリオンが万華鏡を題材にした地上47mの「大地の塔」で。その縁でプレイベントに参加しました。繊維関係の職場に勤めていた伝手を頼って廃棄されるコーン(糸巻き)を120個くらい用意して、万華鏡をつくるワークショップイベントを提案したんです」
ワークショップは大好評。急遽、万博本番でも開催されることになり、そこでゲストとして来日にしたカラディモス氏から「公募展カレイドスコープ・リフレクション」に出品してみては?とアドバイスを受けたそうです。
中里「このコンペは、コージー・ベーカーさんが立ち上げた、コレクターやアーティスト、リテーラーが集う愛好家団体「ブリュースター・カレイドスコープソサイエティー」が主催する世界に向けた公募展です。万華鏡をつくりはじめて3年という駆け出しのわたしには雲の上の存在で、出品だなんて思いもつかなかったのですが、ところが3つ出したうちの2作品が入選しちゃったんです」
翌年から「ブリュースター・カレイドスコープソサイエティー・コンベンション」に日本人としてのアイデンティティをテーマに作品を出品。金蒔絵と漆をイメージしたボディに江戸切子の手法を用いて制作した『秋草』で見事、グランプリに相当する「ピープルチョイス賞」を受賞し、目の肥えたバイヤーらの評価を受け、世界的な万華鏡作家として活躍が始まります。
現在、中里さんは作家活動と共に、流山工房をメインに「流山万華鏡ギャラリー&ミュージアム」や「京都万華鏡ミュージアム」、千葉県生涯大学校などさまざまな場所で、教室やワークショップを開催しています。
中里「あまり気が進まないままワークショップに参加した人でも、ミラーをつくって覗くと(うわぁっ!)と表情が輝くんです。それは子供も大人も一緒。出来上がった万華鏡はひとつとして同じものはないですから、大切にしてくださる方が多いです」
最初は「何していいか分からない…」と戸惑う生徒さんでも、テーマ(題名)を決めるところから始め、オブジェクトのカラーや素材を集めていくと、万華鏡がもつ魅力やモノづくりの楽しさを感じていくそうです。
中里「制作するときは自分と万華鏡と一対一じゃないですか。テーマ(目標)に沿いながら向き合うことで、雑念などから切り離されてエネルギーみたいなものが沸いてくるのかもしれません。それに、美しいものをつくるという作業は、情緒的にも良い影響を及ぼすのではないかと思うんです」
工房『GLASS-STATION』が誕生して今年で18年。20~80代という幅広い年齢の生徒さんが、中里さんの作品と万華鏡の世界に魅せられて教室の扉をたたいています。
中里「たくさんの人との出会いと縁がわたしを万華鏡作家へと導いたと思っています。楽しいですよ、教室は。生徒さん方とふれあうことで新しい発見や気づきもあるんですよね」。
流山万華鏡ギャラリー&ミュージアム
場所:千葉県流山市流山2丁目101−1
開館時間:10:00~17:00
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
入場料:無料 ※イベント開催時に有料の場合あり。
流山工房『GLASS-STATION』https://glass-station.com/