2024.06.27

養豚の皮を革へ。旭市発、
いのちを余さず使う「九十九里レザー」

カルチャー

千葉県北東部に位置する旭市は、農業と水産業、そして畜産業、なかでも養豚が盛んな地域です。その旭市が“いのちを余さず使う“というコンセプトのもと開発したのがピッグスキン。九十九里浜の海岸線を抱く同市にちなみ「九十九里レザー」とネーミングされた新しい革ブランドは、地域の資源を未来へ繋げるSDGsな試みです。

植物タンニンをなめし剤として使う“ラセッテーなめし製法”を採用し、染料や加脂剤に天然の油を使用するなど、人と環境にやさしい「九十九里レザー」は、例え同色でも、ひとつひとつ風合いが違う天然染料ならではの一期一会な出会いがあります。

今回は、そんな地域の特産を活用した「九十九里レザー」の発起人のひとりである、旭市観光物産協会の水野竜也さんにお話しを伺いました。

旭市観光物産協会の事務局長 水野竜也氏。株式会社高野縫製にて。


地域をPRするブランドを目指して

水野「実は、旭市は豚の産出額が九州の宮崎県都城市に次いで全国第2位です。それだけ盛んなのに国内どころか地域の皆さんにも馴染みがなくて。“いもぶた”などの代表的なブランドもありますが、加工肉のほとんどが東京に流通して消費されます。一次産業が発達しているのは嬉しいかぎりですが、せっかくだから特産の豚をもっとアピールしたい!と誕生したのが「九十九里レザー」です」

日本の豚革は畜産の副産物として海外へ輸出されています。手触りが良く品質も安定しているため、誰もが知る高級ブランドから買い付けがあるなど評価が高い一方、国内で原皮から加工品がつくられる割合は1%に満たないとされています。

水野「豚革は牛革と比べて柔らかく軽く、加工しやすいのが特徴です。スエード部分は靴の中敷きやランドセルの内側などに利用されていますが、基本的に国内では豚革の評価は低いんです。豚革は毛穴が大きく、加工した際に穴が目立つなどが理由として挙げられますが、旭の豚革を加工した「九十九里レザー」は毛穴が目立ちにくいです」

コロナ禍でさまざまな産業がストップするなか、新しい市場を開拓したいという機運なども重なり、千葉県食肉公社と旭市観光物産協会、そして地域の縫製会社などの協力のもと「九十九里レザー」の計画はスタート。2年の歳月を経て2022年にお披露目されることとなります。

水野「誰も挑戦してないし、SDGsだし、旭市の養豚に興味をもってもらえる機会になると、食肉公社の担当者さんが面白がってくれて。「ソーイングアサヒ株式会社」さんなど地元企業さん達が加工を引き受けてくださいました」


なめした豚革を、よりサスティナブルに活用

加工を担当する企業のひとつ、旭市で国内外のアパレルメーカーのバックや小物入れなどの制作を請け負う「株式会社高野縫製」(以下、高野縫製)では、通常、動物1頭の約3分の1の革が廃棄されてしまうところ、端材部分も利用しキーホルダーや小銭ケース、印鑑ケース、ペンケースなどさまざまな革製品をつくっています。

高級感のあるスリッパ。人気アイテムのひとつ。

手に取ると掌にしっとりとなじむ。この触り心地の良さは旭の豚革ならでは。

軽くて持ちやすいレザーバッグ。たくさん入れたい人むき。

まずは裁断。パーツごとに切り分ける。

高切り分けたパーツを薄く2枚に削ぐ“革漉き(かわすき)”の工程。

天然革は部位により厚みが違うため、革を漉いて厚みを均一にすると加工しやすくなる。

縫い代の部分の厚みを薄く削る“コバ漉き(コバすき)”の行程。

端の部分を削り落とす事で、ミシン縫製の際に縫いやすくする。

失敗すると穴が空いてしまうので革製品を縫うのは技術がいる職人技だ。

水野「今年のふるさと納税はハマグリに抜かれましたが、昨年までは高野さんの製品が1位でした。質が良くて何年も使える高野さんの製品は人気なんですよ」

現在「九十九里レザー」は、県の物産展などに出品している他、旭市のふるさと納税の返礼品、高野縫製の自社ブランド「縫伊左衛門」のオンラインショップなどネットを中心に販売されており、オーダーメイドの注文も可能です。

豚革の端材部分からつくられたペンケースや小物入れは、リーズナブルなうえにサスティナブルだと、企業のノベルティグッズとしても人気。


世界一品質の良い“やさしい豚”への挑戦

水野「飯岡※は商魂が豊かというか、戦後の動乱期にさまざまな産業が誕生していて縫製もそのひとつだったようです。他には水飴とか、飯岡でつくって都内で売るみたいなね。(※現旭市は平成17年に旭市・海上町・飯岡町・干潟町の1市3町が合併して誕生)だからではないですが、新しいことにチャレンジする精神が根付いているのかも知れません」

最近では、豚革の輸出先であるヨーロッパなどで盛んに提唱されている “アニマルウェルフェア”の基準を満たすため、千葉県立旭農業高等学校畜産科とJVCケンウッド社とがタッグを組み、ハイレゾ音響空間システムを豚舎に設置。“森の音”を聞かせて豚達のストレス軽減を試みているそうです。

水野「聴かせて育てた豚は聴かなかった豚より体重が10%くらい増えたみたいですよ。「九十九里レザー」に関しては、なめした革を九十九里の海水につけ干すことで、ダメージジーンズのように経年変化させた革製品をつくってみようと研究中です。なかなか日焼けの具合が難しくて、製品化できるまで試行錯誤の日々です」

なめした革は水野さんが隠れてしまうほどのサイズ。高野縫製では半端な部分も捨てることなく使い切る。

旭市観光物産協会では、モニターツアーや地域の大学などで開催するワークショップを通じて、旭の豚や「九十九里レザー」に親しんでもらう活動も行っています。

水野「最近、市役所の方や就職活動中の地元学生さんから「九十九里レザーの名刺入れを使っています!」と伺うのですが、訪問先などで地元産ピッグスキンの名刺入れが話題になるそうで嬉しいことです。発表して2年、メディアをはじめ各方面から問い合わせいただいていますが、今後は、より多くの方々に手に取っていただけるよう、販路を拡大していきたいですね」

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