2024.08.01

南房総の竹と職人が生む、心地よい風
千葉の伝統工芸品「房州うちわ」

カルチャー

涼を楽しむ伝統工芸品として親しまれている「うちわ」。京都の「京うちわ」、香川の「丸亀うちわ」とともに、日本の三大うちわとして知られているのが千葉の「房州うちわ」です。

南房総で採れる女竹の美しさを活かした繊細なフォルムは贈答品としても人気で、2003年には経済産業大臣指定の「伝統的工芸品」に認定されています。今回は、夏の風物詩としてかかせない房州うちわの魅力を「うちわの太田屋」(南房総市富浦町多田良)の4代目で、伝統工芸士の太田美津江さんに伺いました。

職人歴40年以上のベテラン、太田屋4代目の太田美津江さん。


ルーツは「江戸うちわ」にあり

房総半島は竹の名産地。さまざまな種類の竹材が江戸へと輸出されてきました。用途が広い竹ですが、なかでも弓矢に使われていた竹がうちわにも適していたことから、うちわ作りは弓矢作りとともに武士の内職として広まります。

やがて、江戸の風景や遊女、歌舞伎役者など、色鮮やかな浮世絵が画面いっぱいに描かれた大判の「江戸うちわ」が庶民のオシャレアイテムとして人気に。維新後も生活に欠かせない日用品として江戸うちわは大いに栄えます。

しかし関東大震災(大正12年)の際に、日本橋にあったうちわ問屋のほとんどが火災に巻き込まれ、東京への船便があった那古港に近い船形町(現在の館山市船形)へと移住。江戸に代わり、房州でうちわ産業が盛んになりました。

太田屋さんも江戸出身だそうで、現在の工房は、戦後、太田さんの父である先代の太田衛さんが土地を買い求め移り住んだもの。大正末期から昭和初期にかけては、年間7~800万本もの房州うちわが生産されており、当時は千葉県内に1000人ほどいたという職人も、今では数名にまで減り、うちわ作りのみで生活しているのは太田屋さんだけだそうです。

さまざまなタイプの房州うちわが並ぶ「太田屋」のギャラリー。オーダーメイドもできる。

スタンダードな「丸型うちわ」。黒い骨が粋な一品。

手の平でくるくると回しながら風を楽しむ「柄長うちわ」。

千葉ならでは。「南総里見八犬伝」より犬川荘助のうちわ。


贈答品や土産として人気

家電製品がなかった時代には生活必需品だったうちわですが、最近では贈答品、とりわけ海外向けの土産として国内外で人気です。和紙の代わりに浴衣や手ぬぐいなどを貼ったうちわも好評で、なかには「故人の羽織や着物をうちわにリメイクして縁者に差し上げたい」といった注文もあるそうです。

本来、うちわに施されているデザインや紙質などは、問屋が決めて用意するものでしたが、先代は自ら百貨店などに出向き、直接お客様の声を聞いたり、呉服店とコラボレーションして余った浴衣生地で制作したりと、新しいうちわ作りの道を模索した職人でした。

太田「海外に持ち運びしやすいように、小さいサイズのうちわをつくったり、ちりめんの鮮やかな布を使ったり工夫しました。江戸っ子で新しもの好きの父ならではの発想ですよね」

浴衣を貼ったうちわ。注文の際には、浴衣や着物、手ぬぐいなどを布地の状態にして太田さんに送ると、
太田さんが裁断し恰好よくデザインしてくれる。


房州うちわ作りの工程

房州うちわの特長はなんといっても、竹の丸みを活かした高級感ある「丸柄」と、48~64等分に割いた竹を糸で編み固定した半円の「格子窓」。一品を完成させるまでには21もの工程があります。

竹を大きさによって分類し選別する「竹より」から始まり、皮を切り取る「皮むき」、もみ殻と一緒に機械に入れて磨く「磨き」、乾燥させて4つの切れ目を入れ一昼夜水に浸け柔らかくする「水つけ」を終えると、竹を割いて骨をつくる「割竹(さきだけ)」の工程に入ります。

割き台に竹を固定して8本に割り、割いた竹の内側にある余分な肉の部分を削ぎ落とした後、さらに細かく48~64本に割っていきます。割り終えたら、骨の角をブロックなどで擦って滑らかに仕上げる「もみ」をします。

「割竹」の作業。「肉とりがキレイにできれば、割くのは難しくない」と太田さん。
良い竹ほどキレイに割けるそうだ。

竹の節に穴を空け「弓」と呼ばれる部材を通す「穴あけ」を終えたら、いよいよ「編竹」の工程へ。48~64本の骨を左右に分け、それを交互に紐で骨を1本ずつ編み、骨の間隔を均等にします。

柄の穴に柳の枝を詰めて柄を作る「柄詰」、弓を加工し取り付ける「弓削」、弓の両端の結び糸に張りを持たせる「下窓」、弓を反らせながら骨の両端と弓を糸で結びつける「窓作り」をへて窓のカタチを整えます。

写真左)は「編竹」の工程。交互に糸で編んで骨を固定する。
写真右)は「窓作り」。“弓”を反らせて糸を結びつける、指先の力がいる仕事だ。

骨を交互に仕分けて骨を開いた状態にする「目拾い」を施し、長すぎる竹の先を切り揃える「穂刈り」をして、炭火やガスコンロで軽く「焼き」、骨の歪みを揃えます。

骨の片辺を骨と骨の間に差し込み、骨を開いた状態にした後、コンロでかるく炙ると骨のゆがみが整う。

骨組みが整ったら「貼り」の工程へ。骨全体に糊を薄く塗って紙に乗せたら、竹へらで骨と骨の間隔を均一に揃えます。糊が乾燥して貼り着いたら縁の部分を「裁断」、細長く切った帯状の和紙をうちわの縁(ふち)を覆うように貼り付ける「ヘリ付け」を行います。

紙や布を「貼る」作業。骨に糊を塗ったら、紙と重ね、竹へらを使い骨の間隔を均一に整える。
残りの反面は空気が入らないよう慎重に接着させる。

柄尻部分に胡粉と膠をぬる「下塗り」、漆を塗る「上塗り」をして乾燥させた後、「仕上げ」としてプレス機にかけて骨の筋を美しく浮き上がらせて完成です。

できあがった房州うちわの「格子窓」。交互に分けられた骨が、折り重なって編みこまれている様子が美しい。


伝統工芸品の技を次世代に託す

うちわ作りは分業制ですが、太田さんは全ての工程を独りで行います。一通りの作業を知っておかなければ、ベテランの職人達と渡りあえないという思いからでしたが、職人が少なくなった現在では、全工程を熟せる太田さんの存在は貴重です。

全部を独りでやると「年間1000本くらい作れるかどうか?」と太田さん。

また、房州うちわ作りにおける伝統工芸士として、作品づくりだけでなく後継者の育成と伝統技術の継承にも力を入れており、館山市や南房総市が支援する「後継者育成事業」の一環である「房州うちわの従事者入門講座」では講師を務めています。少数ながら、講座を機に技術を学び続け、職人として独立を果たした受講生もいるそうです。

太田「講座には、若い方から会社をリタイアされた方まで幅広い年代からの応募があります。「この技術は無くしちゃいけないものだ」と、アルバイトをしながら学ばれている人もいてね。私にとっては商売敵が育ちつつあるわけだけれど(笑)、技術が消滅してしまうよりは良いでしょう」

伝統工芸士は国家資格。12年以上のキャリアと対象工芸品の全工程を独りでこなせるのが条件で、取得には筆記や実技試験を受ける必要がある。原則5年に1度、更新手続きを行うなどのルールがあり、伝統工芸に携わる人のなかでも全体の数%しかいない。

今のところ「太田屋の5代目」は決まってないそうで「名前を残すことに意味はないから。どなたか工房を立ち上げた方に道具や材料はゆずりたい」と太田さん。後継者育成事業から巣立った人材に期待しています。

現在、太田屋さんでは「貼り」から「ヘリ付け」までの工程が体験できる「うちわ教室」(予約制)を実施しています。

また、リソルの森でも2024年8月10日(土)に「房総うちわづくり」の体験プログラムを実施致します。詳しくはこちら


うちわの太田屋
千葉県南房総市冨浦町多田良1193

http://ota-ya.net

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