2024.11.14

手作りの「柿酢」が伝える発酵食の尊さ。
香取の杜と「酢之宮醸造所」

カルチャー / グルメ

香取市の緑豊かな里山に蔵を構える「酢之宮醸造所」(千葉県香取市新部)。昔から発酵食品が盛んにつくられてきたこの地で、宮嵜博之さん和美さん夫妻が手掛けているのが「柿酢」です。

柿は“実も葉もヘタもまるごと使える成人病の薬”といわれるほど、古くから民間療法として親しまれてきた果実。柿右衛門からインスピレーションをうけたというデザインが印象的な『柿の神髄』は、夫妻がお客様の健康を願ってつくる、水を一滴も使わずに柿と天然酵母のみでつくりあげたお酢です。

宮嵜博之さん、和美さんご夫妻。

博之「香取市に営業許可をもらったのが2013年です。僕はもともと佐原市(現、香取市)の出身で、東京でサラリーマンをしていましたが、ハードワークと食生活の乱れが原因なのか潰瘍性大腸炎になってしまったんです」

潰瘍性大腸炎は国指定難病のひとつであり、腸が炎症を起こして爛れ、粘血便や腹痛、発熱、倦怠感などを慢性的に繰り返す病。宮嵜さんは投薬も効果なく症状が悪化し、通勤電車に乗れないなど日常生活がままならなくなります。

博之「子供が誕生したばかりでしたし、なんとか少しでも病状を良くしたいと、妻の実家の縁で伊豆の食養家 秋山龍三先生を頼ることになりました。先生の庵は、“食を正せば自然治癒力が目覚め、ひと本来の健康を取り戻す”といった理念の道場のような場で、住み込みで自給自足の生活をします。食事は東洋医学を基礎にした戦前の和食が基本。そこで柿酢と出会いました」

宮嵜さんは毎日、お猪口一杯の柿酢に魚や野菜、玄米を中心とした食生活を学び、自然に沿う暮らしを半年くらい続けたところ、大腸炎が良くなっていく兆しを感じたといいます。

博之「お医者様に『もう大丈夫、腸の炎症跡がキレイになっている』と太鼓判をおしていただくまでに約3年、快癒するまでにトータル5年くらいはかかったでしょうか。人それぞれ病へのアプローチがあると思いますが、僕は柿酢と秋山先生が教えてくださった食生活が病から人生をリセットしてくれたのだと思っています」

『柿の神髄』。道の駅「発酵の里こうざき」やふるさと納税、自社HPをはじめ百貨店や発酵食品をあつかうWEBサイトなどで購入できる。

宮嵜さんが柿酢づくりをはじめるきっかけとなった食養家 秋山龍三氏による著作。


何も足さずに自然発酵にこだわる理由

ビタミンCやタンニン(ポリフェノール)などの栄養素以外に、柿酢ならではのタンパク質と相性がよい酢酸菌と酵素が『柿の神髄』にはたっぷりと含まれています。

博之「栄養はもちろん柿がすごいのは、柿のみで自然発酵して酢になることです。柿は12~14度くらいの糖度でアルコール濃度が6〜7%という、もともと酢酸発酵に適した糖度とアルコール濃度をもっていてバランスが絶妙にいいのです」

ゆっくりと時間をかければ、水などで調整しなくても分解が進むそうで、「自然発酵が完全単体でできるのは柿だけだと思う」と宮嵜さん。それに気が付いたのは道場へむかう山道だったといいます。

博之「道場へは標高差250mある山道を2キロほど登っていくのですが、毎日、麓まで新聞をとりに行くのが僕の日課でした。不思議なことに歩いていると酢の香りがする。香りをたどると柿畑に霜よけの藁がひいてあって、熟した柿が落ちていました。柿はそのままの状態で酢になる力があるのです」

一般的な柿酢は4ヵ月ほどで完成するそうですが、酵母や水などを加えない『柿の神髄』は8月まで発酵期間を設けています。「四季を超えて生き残っている菌は優秀な菌」と和美さん。正真正銘、柿だけでつくられた酢は、菌の生命力が強いのです。

ちなみにJASマーク規格によれば、1ℓの柿酢を作るのに原材料として300㏄の果汁が入っていれば、果汁100%の柿酢と表示して良いとされており、例え、残りの700㏄が水や酵素材が入っていてもJASマークを表示することができます。

博之「でも、僕らはそういったものは入れません。濾しすぎないようにしているので、酢のなかに酵素や酢酸菌、旨味がたっぷり含まれています。だから濁っているのです」

透明な酢より成分が濃い酵素酢は、和え物や漬物(ピクルス)、調味料として万能に使える他、餃子など肉料理との相性が抜群です。和美さんによると「お刺身にスプレーで広げても美味しい」そうで、HPには和美さんが考えた柿酢レシピが公開されています。


他では真似できない、その土地の風土が育む伝統製法

柿は茨城県霞ケ浦の柿農家のもの。良質だったうえに柿酢づくりに興味をもってもらえたのが縁で、以来、10年ほどの付き合いになる。

仕入れた柿は、まず発酵の妨げになるヘタの部分を取り除き、洗って天日干しにします。種も皮もそのまま、カットした柿をまるごと発酵タンクに入れると、ほどなくして柿に付着していた酵母が自然発酵しアルコール分解がはじまります。

やがて春になり、酢酸菌が舞い降りて来るタイミングでタンクに溜まった液体を搾り、果実部分を漉してからゆっくり酢酸発酵させます。そこから3年間、ひたすら熟成するのを待つのです。

1個1個ヘタを取り水で洗って乾かす。

仕込みは3週間くらいで行い、毎日8時半~17時半まで作業が続く。

基本的に仕込みは夫妻で行うが、週末には手伝いに家族や親戚が来てくれる。

2024年は酷暑とカメムシの発生、雨の影響で柿が例年の半分くらいしか獲れなかったそうだ。

博之「できはじめは柿の尖った風味…それを“エネルギー感”と私たちは呼びますが、酸っぱいとうよりも、当たりが強く勢いがある感じがします。それはそれで爽やかですが、時間をおけばおくほど熟成して、まろやかな風味になってきます」

和美「なにも足さなくても美味しい柿酢ができるのは、環境が整っているから。もともと香取は発酵食づくりが盛んな土地です」

古民家をそのまま仕込み蔵として再利用している酢之宮醸造所は、特別な空調設備を設けてはおらず、天井が高く太い梁がめぐる蔵には、夏の間も心地よい風が通りぬけます。

博之「香取に移住する前に住んでいた埼玉でも、同じ方法で柿酢をつくっていたのですが、だいたい失敗している。でも、こちらに来てからは失敗が全然ない。地の利が良いのですね、風土があっている証拠だと思います」

仕込み蔵として活用している古民家。
売りに出されたときに5組の購入希望者がいたが、柿酢づくりに賛同してくれた家主が宮嵜さん夫妻を選んでくれた。

タンクは5基あり年間で2tほどの柿酢をつくっている。

酢酸発酵中のもろみ。『柿の神髄』には、ときより褐色の糸のような酢酸菌膜が入り込んでいることがある。
酢酸菌がそのまま含まれている証であり食べても問題ないそうだ。

絞り器で果実部分などを取り除いた柿酢。酵素、酢酸菌が豊富に含まれている。


柿酢づくりは理想の生き方そのもの

“薬でなく食で癒される”。そんな治癒の選択肢もあることを、同じような病を抱える人に伝えたい - 伊豆での経験を通して、いつしかそう願うようになった宮嵜さん夫妻でしたが、当初その想いはなかなか伝わらなかったといいます。

和美「ある種の哲学的なものになりますから。当時、会社勤めをつづけながらそういった思いを伝えるには限界がありました。伊豆から帰っても主人は柿酢をつくり続けていたので、ならばそれを仕事にしてみようと。食を通じて5~10年後の生き方を提案できたらいいなという気持ちで今に至っています」

博之「僕は助かったのに、同じ病で悩む誰かが今も自分らしい生き方ができずにいる。もちろん、柿酢ひとつですべてが変わるわけではないです。でも、ご縁があって『柿の神髄』を手に取られて(食生活を変えてみようか)と思う方が、ひとりでも増えれば嬉しいですよね」

便利になればなるほど、なぜかストレスも増える私たちの暮らし。宮嵜さんは「コンビニエンスな世の中ですが、柿酢づくりを通して、その深い生き方を大事にしたい」と話します。今後は、ご自身でも柿畑を広げ、柿そのものから手作りしてみたいそう。「そのためにも、まずは自分達の健康維持が大切ですよね」と宮嵜さん夫妻。ご夫妻が育てた柿の木からできた柿酢は果たしてどんな味になるのか楽しみです。


酢之宮醸造所
千葉県香取市新部474-1

https://kakisu.com/

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