2025.01.06

耕作放棄地を人が集う場へ再生
新たな農業コミュニティをつくる『苗目』

カルチャー / グルメ

最初は、知り合いの伝手で借りた200坪ほどの畑でした。植物を使ったディスプレイデザインを生業としていた井上さんが、鴨川の地でエディブルフラワーとハーブの栽培を始めたのが10年前。2018年には農業法人を立ち上げ、その規模を少しずつ拡大していきます。

やがて1万坪に広がった農地にはシェアファームやカフェ、公園など、農業を通じて地域の人々が集う“場”へと発展。農地再生をキーワードに「栽培」と「採取」そして「コミュニティ」という3つを軸にした活動が注目されている、農地所有適格法人『株式会社 苗目』(以下、苗目)の代表 井上隆太郎さんに苗目ファームを案内していいただきました。

井上「ディスプレイの仕事というのは、1日もしくはたった数時間のために大量の植物を仕入れて廃棄するスクラップ&ビルドな世界です。大きな展示会場でSDGsや海洋プラスチックの啓発イベントなども担当しましたが、会場の裏はゴミだらけで、もうちょっと環境のことをちゃんと考えられる仕事がしたいと思っていました」

農地所有適格法人『株式会社 苗目』代表、井上隆太郎さん。

そんな時、イベント会場で知り合ったケータリング担当のシェフから「良いエディブルフラワーの仕入れ先を知らないか」と相談をうけ、(それならば僕が育ててみよう)とディスプレイ業の傍ら、鴨川市で農園を始めた井上さん。農業をやりながら子育てをして、のんびり暮らそうと思っていましたが、いざ移住してみると、耕作放棄地や農家の高齢化による後継者不足などで、荒れ果てた農地を目の当たりにします。

やがて井上さんが育てるエディブルフラワーやハーブが、こだわりのあるシェフたちの間で話題になり始め、ディスプレイ業との二足の草鞋に違和感を覚えてきたころにコロナ禍に見舞われ、ちょうどいい機会だと苗目の仕事に集中することにしたそうです。

エディブルフラワーとハーブの栽培ハウス。年間200種類以上を育てている。


なぜ、耕作放棄地が増えるのか

自然で見て楽しい、庭造りに近い感覚で“野原のような畑をつくる”それが苗目ファームのコンセプトです。耕作放棄地だった一部の農地は現在、シェアファームとして苗目から東京のレストランをはじめ15組の企業に貸し出されています。

農薬を使用せず、有機栽培での畑作りや農業を体験してもらうシェアファーム。

荒れ放題だった耕作放棄地を水田として蘇らせた。

里山の湧き水を井上さんが整えて池にした。この水が田んぼに流れて稲が育つ。

井上「生産地をやたらに増やすつもりはないです。そもそも農業自体が環境にとってポジティブなものかといったらそうでもない。でも増える耕作放棄地をそのままにしておくわけにもいかない。そこでシェアファームというカタチをとることにしました」

現在の農地法では、農地を売買や貸し借りするためにはさまざまな条件をクリアしなければならず、気軽に「跡継ぎがいないから」「ちょっと農業をやってみたいから」といった理由で契約をかわすことはできません。

担い手のいなくなった耕作放棄地は増え、害虫や害獣の増加、不法投棄の温床、洪水や土砂崩れ防止としての機能が損なわれるなど、治安維持だけでなく災害時のリスク上昇も考えられるため、全国的に問題となっています。

井上「たしかに農地法は一利あります。契約者が無責任で1年でいなくなる、産廃場にされてしまう、農地と関係なく家を建てられてしまう場合もある。いろんなリスクを考えると、先祖代々の土地を知らない人に簡単に渡すわけにはいかない、だから放置するしかないわけです。僕がここにきて10年、今でこそ地域の方から農地についての相談を受けますが、信頼を得るまでには時間が必要ですよね」


地域の発展に欠かせない公園づくり

2024年4月、鴨川市に農場をコンセプトとした『Soil to Soul FARMPARK@鴨川』が誕生しました。「すべて土地には所有者がいて勝手に入っていけないし、川や海は子ども達だけでは行かせられない。学校は休日や放課後、自由に入って遊べない。子供たちは結局、道路で遊ぶしかない」と井上さん。そこで有志をつのり、苗目農場の一部を無料で公開する農地公園を計画します。

井上「公園はもともと創りたかったんです。地域にこれだけ自然がいっぱいあれば、子供はのびのびと遊んでいると思うでしょう? ところが実際には都会のように公園はないし、広い農村では親が送り迎えするので、学校以外で不特定多数の誰かと会う機会も少ないです」

農地公園『Soil to Soul FARMPARK@鴨川』。

遊び小屋のペイントは子供たちによるもの。子供と一緒につくる遊び場が公園のコンセプトだ。

公園の一角に積まれた「もみ殻の山」。登っても良し!寝転んでも良し!大人も楽しい。

『Soil to Soul FARMPARK@鴨川』には、シンボルである「遊び小屋」を中心に畑や家畜小屋などが並び、そこで実ったものは自由に摘むことができます。飼われているポニーや山羊、鶏といった家畜とふれあうことも自由です。また、『里のMUJI みんなみの里』に隣接しているため「Café&Meal MUJI」の屋外にある「里山デッキ」からは、公園やその先にある眺望を見渡すことができます。

井上「付き添いの親同士のコミュケーションの場にもなっているみたいで、地域の方々からはとても評判がいいです。それに、鶏の卵や園内になっている野菜の実とか、普段、自分達が食べているものだと分からない子供もいて。そういうことを身近に体験できるのもいいんじゃないかと思うし」

『Soil to Soul FARMPARK@鴨川』のように誰でも無料で入れる公園は、隣接する商業施設などと地域住民との接点にもなり、人が集まる場へとエリア全体が変わるメリットもあります。井上さんと苗目の取り組みは、農地再生のひとつのモデルケースとして全国の市町村や企業から注目されているのです。


耕作放棄地を資源として考える

目標は「この仕事に終着点なんかないけれど、あえて言うなら街づくり」と井上さん。今はシャッター街になってしまった商店街を復活させることは簡単ではないけれど、シェアファームや農園を訪れる人のためにも、宿泊施設などがあったらいいと話します。

2023年4月にオープンした直売所&カフェ『naeme farmers stand』。

6種の自家製ハーブを使った「グリーンカレー」。添えられえているのは苗目のエディブルフラワー。

デザートメニューから好きなものを3つ選べる「苗目デザートプレート」。

フレッシュなミントにサクサクビスコッティが人気の「苗目パフェ」。

井上「オーガニックって特別なものでも閉鎖的なものでもなくて、誰もが取り組めるものであるべきです。僕は、明るくて凄くオープンなコミュニティをつくりたくて。千葉には、農業に関する団体やグループがいくつかあって、皆、色々な考えや理想を持っているけれど、それぞれが盛り上がって、千葉という土地がもっと豊になればいいと思うんですよね」

いかに環境を壊さず最低限、自分たちが暮していくための経済活動をしていくか。そのためには、そこに健全なコミュニティがあり、集まれば笑顔になれる関係性を築けているのか、それがすべての根っこなのだと感じます。なんだか居心地がよくてちょうどいい場所、それが「苗目」。鴨川に広がる「苗目」の根っこは地道にゆっくりと豊かな土壌を育みます。


株式会社 苗目
千葉県鴨川市細野1125-1

https://naeme.farm/

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