2025.03.01
カルチャー / グルメ
その完熟したような見た目から“黒いちご”と呼ばれる千葉県産のユニークな品種「真紅の美鈴(シンクノミスズ)」。濃く深く、実のなかまでまっ赤ないちごは、口に入れると香に甘さに旨さ、ジューシーさがあふれます。
生みの親は千葉県農林総合研究センター育種研究所の元所長で育種家の成川昇さん。引退後も自身が営む「ナルケンいちご園」(千葉県 大網白里市)でいちごの品種開発を手掛けています。今回は、この真紅の美鈴といちごの新品種誕生までのお話しです。
濃く深い赤が特徴の千葉県産のいちご「真紅の美鈴」。
真紅の美鈴をつくった育種家の成川昇さん。
成川「今はクリスマスにいちごを食べるでしょう? でもね、本来、いちごというのは春が旬。4月頃に花が咲いて実がなるのは5月初め。盛りは10日くらいで終わって次の苗ができる。それが、1960年に宝交早生(ホウコウワセ)という新種のいちごが兵庫県宝塚市の農業試験場で開発されて、冬にいちごが手に入るようになった。今ある日本のいちごは、ビニールハウスと栽培技術、そして品種改良の積み重ねだから」
いちごは少々温度を上げたぐらいでは成長しません。秋になり日が短くなると花芽の元をつくり、冬に咲かないように春まで休眠するからです。これをさせずに仮想長日つくり、花を咲かせることに成功したのが宝交早生の電照栽培で、これにより寒い時期にいちごが収穫できるようになったそうです。
当時、宝幸早生はいちごの生産量の5割を占めるほどの人気でしたが、この栽培方法は誰にでもできるものではなく、もっと簡単にとれる品種をつくれないかと、成川さんは施策を重ね1976年に麗紅(レイコウ)を開発します。
大粒で艶があり温度さえ上げれば宝幸早生よりも2倍収穫できた麗紅でしたが、「本音を言うと、やや酸っぱかった」と成川さん。味はイマイチだったものの品種としては扱いやすかったため全国の農家にひろまり栽培技術の発展に貢献。麗紅の血筋は、女峰やとちおとめといった大ヒット品種に繋がります。
その後、成川さんは、ふさのか(房総半島の房(ふさ)に“香る”)を誕生させますが、旨さにおいて評価が高かったものの、皮がやや薄く傷みやすいなどの理由で数量が上がりませんでした。この、ふさのかを母親、麗紅を父親にしてできたのが真紅の美鈴であり、両親ともども、成川さんが手掛けた品種を掛け合わせたいちごになります。
真紅の美鈴は熟しきったような赤黒さが特徴。いちごは熟しすぎると歯ごたえが無く、痛みが進んでいるものもありますが、真紅の美鈴の赤黒さはアントシアニンによるもの。その含有量はとちおとめの3倍だそうで、栄養価的な意味でも優れた品種です。
ちなみに“真紅の美鈴”の名前の由来は、東日本大震災時にテレビCMで流れて話題になった詩「こだまでしょうか?」の作者、金子みすゞ だそうです。
「いちごの果肉の白い部分には甘い因子があるから、なかまで赤い品種をつくる育種家は少ない」と成川さん。
ハウス1棟のなかには苺の株が1800~2000株ある。日中のハウス内は27~30℃くらいが適温、夜間の最低温度は6℃だそうだ。
日本で開発されたいちごの第一号は、福羽(フクバ)で、1899年に福羽逸人博士がフランスから導入された品種を改良し定着させたものです。現在、登録出願中のものを含めると300品種以上になるそうで、これは品種登録制度が始まった1978年以降の記録になるため、実際はそれ以上の品種が日本で誕生していると考えられます。
成川「いちごには弦(つる/ランナー)があるでしょう? このランナーを延ばしてやると次の世代の苗になるわけ。1つの株から10~くらいのランナーが伸びて、春になるとこのランナーの先端にできた苗を育てていく。それを栄養繁殖というのね」
いちごの一般的な増殖方法は栄養繁殖ですが、成川さんは令和6年に種子繁殖型の品種、美生の宝(ミショウノタカラ)を開発した人でもあります。
栄養繁殖では、同じ性質を持ったいちご(クローン)を収穫できますが、子苗を得るための苗床や育苗を用意する時間と手間がかかります。また親が病気やウィルスに感染すれば子苗にも伝染するため、その時はすべての株を一新する必要がでてきます。
一方、種子繁殖では、遺伝的に異なる性質の親同士を交配してつくる“F1種”と呼ばれる種を撒いて発芽させます。両親の良いところを併せ持ったハイブリットなF1種からは、安定した品質の作物が育つため農業には欠かせません。しかし、撒いて収穫してしまえばそれきりなので、同じF1種を毎回、購入する必要があります。
ハウスのなかにはミツバチが飛び回り受粉の手助けをしている。
長く伸びているのが弦(つる/ランナー)。これが次の苗になる。
遺伝子が複雑ないちごはF1種をつくるのが難しいとされてきました。そこで成川さんは、「遺伝的にはどうか分からないが、何度も自家受粉させれば純度が高まるのではないか?」と考え、つぼみに袋をかぶせてミツバチによる受粉をふせぎ、花そのもので自家受粉を繰り返す施策により美生の宝を誕生させました。
真紅の美鈴はこのF1種をつくる過程で同時に交配して誕生した品種だそうで、2015年2月の品種登録後、全国で118名の方が栽培しています。県内ならば「近藤いちご園」(長生郡一宮町)、「相葉苺園」(山武市成東)など、県外ならば「軽井沢ガーデンファーム」(長野県 北佐久郡軽井沢町)などで栽培されており、真紅の美鈴をふくめたいちご狩りを楽しむことができます。直接購入したい場合は「ナルケンいちご園」に連絡して購入することも可能だそうです。
地域住民から愛されている洋菓子店「パティスリー ル・スリール」(大網白里市みずほ台)では真紅の美鈴を使ったケーキを販売している。
真紅の美鈴とピスタチオのクリームが相性抜群の一品「大網いちごタルト」。
成川「真紅の美鈴は完成でいいけれど、もうひとつやることになっちゃって。いちごは12月から1月いっぱいがいちばん美味しい。でも3月20日の春分の日ごろになると、なぜか品種関係なく糖度が低くなる。その落ち込みがない品種をつくりますって、3年前にテレビの取材で勢いあまって言っちゃった。それを見た農家さんから問い合わせがあったりするんだよね(笑)」
いちごは腋芽(えきが/葉っぱの茎の付け根から出てくる脇芽)から頂花房(ちょうかぼう/いわゆる苺)が成長し、1月の中旬に花が終わると2つ目の腋芽から2番果房が成長し、3番目、4番目…と、1つの株で4~5段階に分けていちごがなります。
時期としては1月~5月20日くらいまで収穫できるそうですが、一般的に1月~2月の時期に甘みが増して酸味が減少し、その後、温かくなると酸味が強くなる傾向があるといわれています。甘さと酸味のバランスが最後まで崩れない、そんな新品種の誕生を目指して、成川さんは今日もビニールハウスでいちごとむきあっています。
ナルケンいちご園
千葉県大網白里市永田2728-27
https://www.narukenichigo.jp/
パティスリー ル・スリール
千葉県大網白里市みずほ台1-28-28