2025.04.09

海の食材の最高峰、大原のアワビが復活!
SDGs時代の陸上養殖。

カルチャー / グルメ

かつてのアワビの一大産地だった大原の賑わいを取り戻したい。そんな気持ちを胸に、不可能といわれたアワビの陸上養殖に取り組んでいるのが「A'Culture株式会社」(千葉県 いすみ市深堀)代表取締役の小山義彦さんです。

SDGs時代の陸上養殖スタイルとして評価が高く「第40回(令和5年度) ベンチャークラブちば準大賞」や2024年開催「第1回 ちばガストロノミーAWARD」生産者部門TOP30にも選ばれています。今回は、小山さんが育てた陸上アワビが、料理店の一皿を飾るまでの舞台裏をお届けします。

「蒸し鮑と旬魚の叩き」(翠州亭)。

「A'Culture株式会社」(千葉県いすみ市深堀)代表取締役の小山義彦さん。

小山「この辺りの年配の寿司職人や料理人が、大原と聞いて思い浮かべるのはアワビなんです。大原港から10キロほど先の沖には器械根(器械潜水と呼ばれる方法でアワビを獲っていたことに由来)という広大な岩層地帯があり、かつては日本最大級のアワビの産地でした。世界で2番目に大きな種「マダカアワビ」がざくざくとれていた」

水深10~100mという深い水深に生息しているマダカアワビは、見つけにくく乱獲を免れていましたが、潜水服の進化により一気に獲りつくされ、現在は「クロアワビ」「メガイアワビ」とともに絶滅危惧種に指定されています。

千葉県 いすみ市 大原漁港。犬吠埼と南端の野島崎の中間に位置する。アワビの他にタコやイセエビなどが名物。

日本のアワビ類の漁獲高は1970年頃をピークに下り坂で、天然アワビの出荷は10分の1にまで落ちています。代わりに出回っているのが養殖アワビで、うち8割は韓国産です。

小山「韓国では洋上に筏(いかだ)を浮かべて稚貝を育てます。海に漂うコンブをエサに利用するのでエサ代や電気代がかからない。人件費も家族経営なのでローコストです。一方、日本は入江が少ないのでアワビの洋上養殖にはむきません。陸上養殖にいたってはコストがかかるうえに成功率も低いのです」


SDGsとアクアポニックス

ではなぜ、陸上養殖に挑戦したのか? 理由は「環境的な問題」と小山さんは話します。洋上養殖は生簀のなかで大量にエサを撒き、アワビが食べ切れなかったカスや糞といったゴミが海底に体積して流れ出てしまうため、環境汚染や生態系破壊に繋がりかねません。

そこで小山さんは次世代型農業として注目されている、水耕栽培と養殖を組み合わせた循環型農業「アクアポニックス」を取り入れ、サスティナブルでありながら低コストな陸上養殖を実現させます。

小山「一般的な養殖ではフィッシュミールを使いますが、原料に海藻や魚を大量に必要とするため、逆に海洋資源の乱獲という問題が発生します。そこで、ここでは小麦とルピナスの茎を利用し、廃液はそのまま捨てずに一部を「スジアオノリ」の養殖に再利用しています。窒素、塩酸、カルシウム、リンなどが含まれた廃液はスジアオノリを育てるのに充分なんです」

養殖アワビの廃液を再利用したスジアオノリの養殖。

小山さんが育てたスジアオノリ。香りが良く風味が強い。味噌汁やお好み焼、焼きそばなどにおススメ。

もともと「江戸前海苔」をはじめ海苔養殖が盛んな千葉県ですが、生産者の減少や環境変化、気候変動などの影響により急激に生産量を減らしています。海藻類は優れたCO2吸収源としても注目されており、小山さんはスジアオノリを養殖することで、よりSDGsな養殖環境を目指しているのです。

小山「アワビのエサの残りはナマコに食べてもらい、排水はなるべく綺麗にして海へと戻します。1㎏のスジアオノリは1㎏の二酸化炭素を吸収するといわれていますから、規模は小さいですが、養殖場のかなでエコシステムが成り立っている感じですね」


死亡率の高さはアワビのストレスが原因

アワビの稚貝を育てるには海水の質と温度が大切です。適温は18~28℃、人工海水で育てると稚貝の死亡率が上ってしまうため海水をかけ流します。外房は内房よりも海水温度が1.5℃くらい低く適温だそうです。

大原の養殖場から南に下った岩船港には稚貝を育てる孵化場がある。

稚貝の生簀は11万匹くらいが収容できるそうだ。

小さい白い粒のようなものがアワビの稚貝。

小山「大切なのはアワビを海にいるような自然な状態で養殖できるか否か。日本の設備は技術中心にできていて、濾過器なら濾過器の会社というように分化しています。でも、機械で最新の完璧を求めるよりも、いかにアワビにストレスをかけないで育てるかの方が重要なんですね」

やがて3cm以上の大きさになった稚貝は、大原の養殖場へと移され7cmサイズ以上になるまで育てられます。アワビは夜行性で昼間は岩陰に隠れてでてこないため、養殖場のなかは24時間、真っ暗。スタッフはヘッドライトを頼りに作業を行います。

真っ暗な養殖場の水槽のなかでアワビは育つ。

7cm以上の大きさに育ったアワビ。

小山「一般的な陸上養殖に用いられる、水を換えずに循環・浄化して再利用する技術は、流れるプールのような円型が多いのですが、アワビは直線的に前へ前へと動くため円型は適しません。それに流れの速い海底環境を好むので、円型では水面上で速く見えても60~70cmの深さでは水流が遅いんです」

そこで小山さんは水深2cm、長さ20mの直線型水槽を用意。ひと水槽あたり季節によって120~140ℓの海水を流し、自然の海に近い環境を維持しています。水槽のなかでは、アワビが流れる方向へ動くため、片側に溜まりダムをつくってしまうこともあるそう。

小山「これを無理矢理はがし傷つけると、すぐ、死にます。そこで逆サイドから海水を流します。そうすると流れにそって方向を変えて動く。アワビは意外に動く生き物で、一晩で逆サイドへと移ってしまう時もあるので驚きです」

写真手前のバケットに海水を貯めて一気に流す。

小山「20mの水槽を掃除するのは大変ですが、ここでは海水をドンと3回流せばゴミが流れてしまいます。それもアワビ側からすると心地よいようです。水深が2cmしかありませんから掃除もしやすい。スタッフ1人でもすべての掃除とエサやりが3~4時間くらいで終わります。設備がローテックならではでしょう」


マーケッターのスキルを活かし養殖業に転身

小山さんは大手生活用品メーカーのマーケティング部門出身。15年に渡り商品開発などに関わっていましたが、家族の事情で退社後、マーケティングスキルを活かして在日オーストラリア大使館の商務部に入社します。

小山「オーストラリア産の牛肉や小麦などを日本に売り込む仕事です。大使館には関税がかからない何百トンという在庫があるので、プロモーションで小売りに卸すんです。水産物も重要な輸出項目のひとつで、そこでアワビに関わりました。今、僕らがやっているのはオーストラリア式がベース。大使館には10年ほどいましたが、そのときの経験が生きています」

その後、「国際養殖産業会(JIFAS)」に参加。陸上養殖技術で遅れをとっている日本でコンサルタントを請負い、沖縄のシラヒゲウニなど絶滅寸前の品種を養殖で復活させるなどの活動を通じて、アワビの陸上養殖に携わることとなります。

小山さんの陸上アワビは、一般的な養殖アワビの倍くらいの厚さがあり、食べ応えがあると評判です。植物をエサに育っているため磯の臭みがなく、肝を刺身で食べられるのも強み。生産量に限りがあるため営業活動はしておらず、紹介や口コミを通じて尋ねてくる人がほとんどだそうです。

A'Cultureのアワビを提供しているJR大原駅前の居酒屋「よしのや」。

よしのやさんの「鮑のお造り」。生食が苦手な人のために「蒸し鮑」での提供も可能だ。

そんな小山さんが手塩にかけて育てた陸上アワビは、リソルの森の「翠州亭」をはじめ、「御料理とく竹」(いすみ市)、「貝殻亭」(八千代市)など千葉県内のレストランや割烹、居酒屋などでいただくことができます。個人では、ふるさと納税経由で入手可能だそうです。

「鮑のお刺身」(翠州亭)

「鮑のカークパトリック」(翠州亭)

「海の近くにラボを構えれば、毎日が釣り三昧だと楽しみにしていたのですが…大原に3年半いて1 時間半くらい竿を垂らしたきり」と小山さん。「しかも、帰れるのは月に1度くらい。自宅は佐倉市なのでこの年齢になって単身赴任です」と笑う姿が、なんとも印象的でした。


A’Culture株式会社
千葉県いすみ市深堀1885-2
https://a-cul.jp

リソルの森「翠州亭」
https://www.resol-no-mori.com/restaurants/suisu-tei/

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