2025.04.22

伝統をつないで再び大空を泳ぐ。
三代目金龍が描く「江戸手描き鯉のぼり」

カルチャー

五月晴れの下、天高く泳ぐ色とりどりの鯉のぼりたち。優雅なその姿を手で描き、鯉に命を吹き込む職人がいます。大量生産と機械化がすすみ、いちどは途切れた「江戸手描き鯉のぼり」を35年ぶりに蘇らせたのが、「秀光人形工房」所属の鯉のぼり職人、三代目金龍こと金田鈴美さんです。

「江戸手描き鯉のぼり」職人 三代目金龍 金田鈴美さん。市川市の工房にて。

金田さんが染めた鯉のぼり。手描きならではの鱗のかすれと金色の染料のコントラストが粋。

金田「初代と二代目は血が繋がっていないんです。初代には子がなく養子をとったのですが、うまくいかなかったようです。何人かいたお弟子さんのなかでわたしの父とは馬が合ったみたいで二代目を継いだカタチです」

秀光人形工房は東京都の立川市が本店。支店に小岩店と市川店があり、縫製や裁断は市川店で、パッケージと出荷は立川店と市川店の両方で行っています。

金田「わたしはその三拠点を移動しながら父の仕事を見てきました。小学6年生くらいから手伝っていましたが、我が家はなんと時給50円もらえていたんですよ(笑)。それはもう喜んで手伝ったものです」

秀光人形工房には、ひな人形、五月人形、正月飾りなどさまざまなジャンルの職人が所属しており、ものづくりで生計をたてるのが当たり前の環境で育ったという金田さん。なかでも鯉のぼりが大好きで、高校生のときには友人に「鯉のぼり職人になりたい」と公言していたそうです。

金田「空に立体的な鯉を泳がせるってめちゃくちゃ奇天烈じゃないですか。それを日本全国の人が当たり前に“鯉のぼり”として親しんでいるのが面白いですよね。子供心に奇麗なものが空にはためく姿は日常とかけ離れていてワクワクしました」

美術大学を卒業し、秀光人形工房でひな人形の制作に携わりながら、初代の鯉のぼりを参考に勉強を重ねる日々。採算がとれにくい手描き鯉のぼりですが、その復活を望むお客様からの注文を機に、二代目の許しを得て2019年に三代目金龍としてデビューします。


二代目とは違う技法で臨んだ理由

金田「上方はリアルな鯉が好まれているのに対して、関東は“金”が各所に入った装飾的な鯉が好まれます。なかでも初代の鯉のぼりは目がキョロっとしていてカワイイんです。いかにも鯉のぼりといった親しみのある姿にグッときてしまって」

日本には「江戸手描き鯉のぼり」の他に、伝統的な染めの方法として関西方面や名古屋に残る「本染」という技法があります。米と糠を混ぜた糊で染める箇所と染めない箇所を分け、文字や模様を描いていくものです。

そして戦後に生まれたのが「型染」という手法。型を利用するため大量生産に向き、現在、日本にある鯉のぼりの90%がこの型染です。最近ではインクジェットプリンターの鯉のぼりも登場しているそうです。

金田さんが型染と手描きを両方とも手掛ける理由として、お客様が鯉のぼりを求める際に選択肢があった方が良く「色々と選べる、というのが文化の継承には必要」と考えるからです。

金田「父が手掛けていた型染は手づくりでありながらコスパが良く、高度経済成長期という時代にマッチしていたと思いますが、業界全体でそれを続けた結果、鯉のぼりの文化が縮小してしまったと感じています」

バブル期に入ると手描き鯉のぼりを辞めてしまったメーカーも多く、秀光人形工房でも1984年に手描き鯉のぼりを売り切って途絶えてしまいます。現在は、復活したメーカーや新しく出来たメーカーをふくめて5社ほどが制作しており、手描きの鯉のぼり職人も増えてきていますが、それでも10人に満たないくらいだそうです。

職人の筆跡が残り生命力が筆を通して伝わる。同じ鯉はこの世に一匹としていない。

金田「手描き染めの場合は基本的に綿布を使うため、泳ぐとしっとり優雅に上品に見えます。それに「江戸手描き鯉のぼり」では、顔や鱗、吹き流しに金をふんだんに入れるので、空を泳ぐと、まるで煌めく水のなかを進むように見えて、そこを評価してくださるお客様は多いです」

金の染料は粒子が荒く定着させるのが難しい。粒子を細かくしすぎると光らなくなり黄色や橙色のようになってしまう。

金田「一方で型染の良さは色がパキッとでるところ。くっきりと魚がデフォルメされて美しいです。こちらはナイロンとポリエステルに染めるので、しゃかしゃかと元気よく泳ぐ姿が勇ましいですね。それに軽くて乾きやすく価格的にもお手頃です」


「江戸手描き鯉のぼり」が空を泳ぐまでの工程

金田「まず、いちど洗った白い綿布に木枠を張り、染めやすい状態にします。染料をのせて描いた後に裁断・縫製するのですが、だいたい0.8mの青鯉を2匹と2mの吹き流しを仕上げるのに2週間の工程が必要です」

3~4月に注文が集中するため、オーダー後につくり始めたのでは間に合いません。人気のあるデザインは在庫をストックさせておき、家紋や名前は受注後にいれます。吹き流しはカラフルなタイプと絵入りタイプとあり、絵入りタイプは初代の代名詞です。

たわみを無くすと縫製戦が歪んでしまうため、あまり張りすぎてもいけない。

鯉のぼりは屋外にあげるのが基本。そのため雨や風、紫外線に強い染料を使います。染料づくりは繊細で、季節や天候によって布に含まれる水分量が違うため、必ず作業に入る前に濃さを調整します。湿度の高い日は染料がにじみやすくなり、油断すると布に流れてしまうため慎重を期します。

描く前ににじみ具合を調べる。その日の湿度によってにじみ方が変わる。

金田「色は鯉のぼりメーカーさんそれぞれに哲学があると思いますが、初代も二代目もわりと鮮やかな色づかいです。色は混ぜるほどくすんでいくので、その鮮度を保つためにも安易に混ぜることはしないですね」

筆はイタチの毛などの柔らかいものを使う。


なぜ、鯉のぼりを飾るのか

金田「鯉のぼりは「この家には男の子がいます」と空の上の神様にお知らせする意味もあります。これを “招代(おぎしろ)”といい、鯉を目印に降りて来てもらうためのものです。だから屋根より高くするんですね。吹き流しは“家”を表していて、江戸時代より以前は家紋を入れた“吹き流し”の原型とお龍(矢車の原型)のみだったんです」

江戸時代にはいると武家の文化を商人たちが真似し始めます。しかし身分が低い商人は武家と同じものを上げられません。そこで考案されたのが「鯉」だったそうです。鯉が滝を登って龍になる故事「登竜門」に習い、鯉を筒状にして立体的に泳がせて立身出世を祈願したわけです。

鯉が滝を登って龍になる故事「登竜門」にちなんだ図柄の吹き流し。

金田「明治になると階級がなくなったので“ふきながし+鯉”の良いとこ取りになり、昭和初期くらいには今の「鯉のぼり」のカタチになったようです。最近では室内に飾るタイプも増えてきていて、鯉のぼり全体で考えると4割が室内で、6割くらいがベランダ鯉のぼりを含め室外用です」

時代とともに飾り方も変化しており、近年はベランダなどから縄で吊るすガーランドタイプの鯉のぼりがトレンドだそう。室内用では、赤ちゃんの枕元に飾ってもカワイイ、ぬいぐるみのような鯉のぼりが人気です。

まるで吊るし雛のような鯉のぼり。インテリアとしても楽しめる。


職人としての夢も鯉と一緒に大空へ

金田「今、草木染で地染めしたものに挑戦して商品化を目指しています。草木染なので日光にあたると色あせてしまいがちなので、そこを研究中です。天然素材なので地球にも人にも優しい鯉のぼりです」

金田「家庭で飾られることに文化継承の意義があると思いますし、時代にあわせて、さまざまなデザインの鯉のぼりがあるべきだと思います。でも、庭に大きな鯉のぼりを飾る家を見つけたり、優雅に空に泳ぐ鯉を見かけたりするとテンションがあがりますよね。このワクワク感や感動を職人として、後世に伝えたいですね」

市川市では「国分川調節池緑地」とその周辺で開催される『国分川鯉のぼりフェスティバル』が晩春の風物詩となっています。寄贈された各家庭の鯉のぼり約400匹が空にはためき、秀光人形工房で製作された歴代の鯉のぼりたちも泳ぎます。

『国分川鯉のぼりフェスティバル』

今年で34回目となる『国分川鯉のぼりフェスティバル』は、2025年4月29日~5月5日に開催予定。5月4日の式典には、子供向けの各種サービスや模擬店の出店、楽団などの演奏もあるそうです。


秀光人形工房 市川支店
千葉県市川市国分6-21-19
https://www.hinakoubou.jp/

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